ボリンジャー博士

 故ボリンジャー博士(アメリカ言語学会会長)との出会いは偶然でした。大学生のときに、たまたま大学の前の園山書店(今はもうない)の本棚に見つけた、Aspects of Language, 2nd edition(1975)を買って帰り、読み始めたらこれが滅茶苦茶面白い。IMGあっという間に読了しました。読みながら気になった誤植や、成句に関する質問(hold your horsesに関するものだったと記憶しています)を、出版社気付けでお送りしたところ、すぐにお返事をいただいたのです。1976年10月10日のことでした。後になってから、この著者がアメリカ言語学会の会長さんであったことを知り驚愕します。数々の指摘をありがとう。ご指摘の点はもっともで次の版から訂正する。ついては、君はとても英語に興味があるようだから、最近自分が書いた本を別便で送ったから読んでほしい」と。数日後に届いた、薄い(がとても高価な)創刊されたばかりの書物(Forum Linguisticum)を、隅から隅まで興奮しながら読んだのを、今でもはっきり覚えています。以来、博士の書かれた論文・書物をむさぼるように読みふけります。そこらへんの事情は、松江北高の学校便り「あかやま」第210号に「ボリンジャー先生との出会い~一冊の本との巡り会い」と題して、詳しく書きました。「チーム八ちゃん」のダウンロードサイト(その他)にも登録してありますのでお読みください。

 博士は、1907年にカンザス州に生まれ、1936年ウィスコンシン大学でPh.D.を取得後、多くの大学の教職を経て、1963年より1973年までハーバード大学教授。1972年アメリカ言語学会会長、1975年カナダ・アメリカ言語学会会長を務め、定年後は著作活動に専念されました。ハーバード大学(ロマンス言語文学)とスタンフォード大学(言語学)の名誉教授です。

 忌まわしい「宝島事件」を契機に(⇒コチラコチラでその顛末を詳しく解説しています)、語法の記述に一層の正確さを期すために、博士を編集顧問にお迎えすることになり、私が連絡係を務めることになります。博士は(イルソン博士と共に)、精力的に用例や語法記述を検討して下さりライトハウス英和辞典』が日本で初の画期的試みの学習辞典として世に出ることになります。ガンに冒されても、病気と闘いながら継続的にさまざまな調査を行っていただきました。晩年は病床から、「もう手紙も書けなくなった。今病室から代筆の人に頼んで君の質問に答えている」という壮絶なものでした。本当に気さくな先生で、何をお願いしても嫌な顔一つせずに、几帳面にしかも詳細に調べてくださったことは、何よりもありがたかったことです。広範囲に及ぶ精力的な学究活動は言うまでもなく、あのきちんとタイプされた文面ににじみ出ている博士のお人柄を思い、畏敬の念を禁じ得ません。

 どの会派にも与せず、言語事実を第一に重視し、入念な観察と内省に基づいた発言をなさる先生でした。一匹狼的存在でご自分のことを”devil’s adovocate“と呼んでおられました。中右 実先生の訳本『意味と形』が有名ですね。お書きになった300編を超える広範で膨大な著作の数々は、息子さんのBruce Bolinger氏が管理され、「全著作目録(⇒コチラで見ることができます)として閲覧することができます。私も教員になりたての頃Dwight L. Bolinger ―思想と業績」(『研修』第14号 島根県立平田高等学校研究紀要、1981年)と題して、まとめさせていただきました。お世話になった故ボリンジャー博士の偉大な足跡について、1冊にまとめると息子さんと約束していながら、まだ果たせないでいます。

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