「負けないで」のこだわり

 

▲2012年8月東京追悼展にて

▲2012年8月東京追悼展にて

 2007年5月27日の今日、ZARD坂井泉水(さかいいずみ)さんは亡くなりました。東京・信濃町の慶応大病院の避難用スロープ(3メートルの高さ)坂井泉水から転落して、外傷性頭蓋内損傷(脳挫傷)で死去しました。まだ40歳の若さでした。子宮頸がんの手術を受けたんですが、肺に転移したために再入院をしたところだったんです。病魔に侵され、体重も30キロにまでやせ細っていたそうです。7年前のこの日に、授業から職員室に戻ってくると、O先生から「先生、大変です。坂井さんが亡くなりました」とメールが入っていました。病気だったことも知らなかったので、とてもびっくりしたことを覚えています。死因については、事故死、自殺といろいろな報道が乱れ飛び、結局真相はわからずじまいです。

 ZARDは、表舞台に一切出ないスタイルを貫きながら、一世を風靡したグループでした。ZARDというグループ名は造語で、「blizzard(大吹雪)」や「hazard(危険区域)」などから取られ、最終的には語感を重視してZARDに落ち着いた、と言われています。特別に意味はないんです。最初にスタッフの皆さんと一緒にどうしようかって考えた時に、まず”Z”ってカッコいいから”Z”で始まる言葉にしようって話になって。Zard(ザード)って言葉が重みがあっていいからってことでついたIMG_0444んです」と、坂井さん自身が語っていました。彼女の透明感のあるストレートな歌声と、織田哲郎さんの楽曲が素晴らしかったことはもちろんですが、何と言っても、坂井さんのこだわりぬいた歌詞の世界が一番の魅力でしょうね(今度詩集が4冊再販売されます。私は全部持っています)。代表曲が200万枚の大ヒット「負けないで」です。くじけそうになっている人に、勇気と元気を与えた曲でした。彼女のお気に入りのマイク(東京の追悼展で実物を見てきました)でレコーディングをするのですが、スタジオのブースの電気を消して、カーテンを閉め、完全に遮断された状態を作り、歌うときには力まないように無の状態でいることを心がけました。なるべく感情を抑えるように気を付けてレコーディングをしたと言います。ノリのいい曲なので、すぐ感情がこもってしまうと、子どもっぽくなってしまうのが嫌で、曲に媚びてしまわないように、できるだけ淡々とクールに歌うことを心がけたと言います。とにかく「妥協」の二文字が大嫌いで、こだわりをもったスタッフたちと、がっぷり四つに組み合いながら、せめぎあう、それは厳しい戦いの現場だったと言われています。このレコーディング・チームに付けられたあだ名があの悪名高き「戸塚ヨットスクール」でした。いい作品を作りたい!!」ただその思いで、録音のぎりぎりまで、納得のいくまで何度も何度も手直しをするのです。その音楽と向き合う真摯な姿は、公開された次の秘蔵映像に見て取ることができます。今日は坂井さんの命日にあたり、懐かしく思い出してみました。合掌。⇒坂井泉水さんのオフィシャル・サイトはコチラです

カテゴリー: 日々の日記 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中