権藤 博さん

権藤 博 7月26日(土)の巨人―中日戦は、フジテレビTWOの中継で、権藤 博(ごんどうひろし)さんの解説でした。これが、滅茶苦茶面白い解説なんです。巨人のキャッチャー阿部や、中日の谷繁の配球を面白いようにピタリピタリと当てるんです。「見ててごらんなさい。こうなりますから」本当にその通りになるんです。他のプロ野球の解説者とは、ひと味もふた味も違う解説に、釘付けになりました(結果は巨人の自滅ボロ負けで後味の悪いものでしたが…)。

 権藤さんは1961年中日ドラゴンズに入団して、1年目に35勝、最多勝、新人王、最優秀投手賞、沢村賞とほとんどのタイトルを総なめにしました。二年目にも30勝で二年連続最多勝を記録。そんな連投に次ぐ連投を見て、マスコミは「権藤、権藤、雨、権藤」という流行語を誕生させたほどでした。当然のことながら肩を壊して、1969年、在籍わずか9年の選手生命で引退を余儀なくされました。そのときの経験が、「投手の肩は消耗品」「投手を守る」という後の指導姿勢につながっているのです。近年も中日ドラゴンズで、投手起用をめぐって高木監督と何度も衝突して、退団していますね。高木監督はマスメディアの前やチーム内部で自軍の選手を厳しく批判・叱咤することが多く、そのことに対して「かばってくれるはずの味方に怒られるほど、つらいことはない。何十年もコーチをやってて、怒って選手が良くなった試しはない」「打たれた・打てないはコーチの責任。勝った負けたは監督の責任」と諭したこともありました。横浜監督時代は自らを「監督」ではなく「権藤さん」と呼ぶように指示していました(罰金まで取ったそうですよ)。これは監督を退いた後を見据えていたのと、肩書きを捨てることで部下との垣根をなくすことも目的だった、と言います。彼の座右の銘は「Killed or be Killed(殺るか、殺られるか)」横浜監督時代、開幕ベンチ入り投手全員にこの一文を入れたサインボールを渡したといいます。1998年には、横浜の監督就任一年目で日本一になっています。ちょっと他の監督とは違った名指導者なんです。

 権藤さんが、2010年に出した著書『教えない教え』(集英社新書)を読むと、そのブレない指導姿勢がよーく分かります。選手を一人前のプロとして認め、その個性を十分に発揮できる環境を作ってやるのが指導者の務めと語っています。この本は、「もし俺が監督になったDSCN4017らこれだけは絶対にやらんぞ」と感じたことをまとめた「べからず集」となっています。そしてこの「べからず集」は、プロ野球だけでなく、一般社会においても十分通用する指導者論となっていました「”厳しく接する”」でなく”厳しさを教える”」「教えすぎるな!」「”教える”ことより”鏡”になれ」「部下をやる気にさせる怒り方」「部下を火の粉から守る覚悟を持て」「己を知らない人は成長しない」「80パーセントの全力主義で行け!」「真似上手こそ伸びる」「進歩的な朝令暮改はどんどんしろ」「チームワークは考えなくていい」「参謀は”イエスマン”になってはいけない」などなど。教員にとっても学ぶところの多いリーダー論となっています。ご一読をオススメします。

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