白いかもめ

IMG_9056 私が大好きな列車に、博多―長崎間を走っている885系特急「かもめ」通称「白いかもめ」があります(今は885系・783系・787系と3種類の「かもめ」が走っていますが、写真に見るように、案内板にも「白いかもめ」とあります)。あのころんとした丸みを帯びた列車です。現在は特急「ソニック」と共通運用とされ、車体色も従来の黄色帯から青帯に変更されています。特急「かもめ」の歴史については、現在刊行中の『週刊 鉄道ペディア』No.9(小学館)に詳しく出ています。鉄道好きな私には堪らない企画です。

 もう15年以上も前のことになりますが、初めてこの特急列車に乗ったときには大きな衝撃を受けました。山陰地方を走っている特急列車とあまりにも違っていたからです。グリーン車だけでなく、普通席にまで採用されていた高級感あふれる焦げ茶色の「本革張りの座席シート」には度肝を抜かれました。木の床はまるでリビングにでもいるような心地良さを演出しています。このとき初めて、この列車をデザインされた水戸岡鋭治(みとおかえいじ)先生の名前を知りました。ドイツの高級椅子メーカー・ヴィトラに着想を得たというこの椅子は、欧米並みにくつろげる広さで、まさにエグゼキュティブ・シートと呼ぶに値する上質感があります。最初はヴィトラ社に作ってもらえないかと問い合わIMG_9066せたそうですが、私たちが作っている椅子は最高級のの椅子であり、それを大衆が使う列車に使用されるとブランド価値が下がる」といって断られました。そこで自前で作ることになったのですが、問題は製作コストです。牛革の良い、傷のついていない部分だけを使うとコストに跳ね返るので、素材コストを抑えるために、多少不揃いがある物を使用しながらも(多少傷がついていても問題ない、色やシワも気にしない、なるべく革の端まで使い切る)総革張りの座席が完成しました。初めて乗った人は、グリーン車でもないのに上質な本革シートと天然木の肘掛けやテーブルに目を疑います。かもめ」のデザインコンセプトは、贅沢なモノ、高級なモノを大衆化して、乗客のみなさんに提供しようというものです。いつもの仕事や日常を忘れ、その時は役者にでもなったつもりで楽しむ。そんな旅をしてほしいと、水戸岡先生はこの列車をデザインしたのでした。

 これより前に、特急「つばめ」特急「ソニック」のデザインで成功を収めていた水戸岡先生は、ボディにも工夫を施します。「つばめ」は鉄製、「ソニック」はステンレス製ですが、この「かもめ」はアルミ製のボディです。それまではいくら綺麗な曲線を描いても、技術的にそれをカタチにすることは不可能でしたが、「CNC」と呼ばれるコンピューターを用いた数値制御機械による加工技術の向上で、あのまるみを帯びた車体が可能になったのです。ダブルスキン構造」(日立製作所)という最先端技術を駆使した車両デザインの始まりです。これはアルミの押し出し空洞の型材で、外版、骨組み、中板が一体化した構造が特徴で、中空構造なので、断熱性や静音性にすぐれていました。これによって非常に美しい曲面を持つ車体が簡単に作れるようになったのです。

 DSC01792「かもめ」の正面をよく見ると、高級外車のボンネットに付いているようなエンブレムに目が行きます。このマークはカモメをモチーフにしたもので、いたるところに「KAMOME」のロゴを発見することができます。これは水戸岡先生の哲学でお客さんの記念撮影のために、「やり過ぎだ」というくらいに、ボディに列車名をたくさん記しておられるのです。

DSC01773

 大切なお客さんをおもてなしするために、自然で心地よく感じる木材を壁や床に使用した「もてなしデッキスペース」には応接スタイルが取り入れられています。そのことは特に乗り込んだ瞬間に、旅情を掻き立てられる墨書の「ギャラリースペース」で感じることができます。島原の子守歌、名産、祭り、歴史的な言葉など、豪快でいて趣のある書で定評のある書家・四宮佑次(しのみやゆうじ)さんの勢いのある作品がギャラリーを飾っています。乗ってまず目を引かれたのがこの墨書でした。日本の伝統的な書の美しさを子どもたちにもわかってもらうという狙いで、長崎の文化や歴史から紐解いた言葉を入れて壮大な物語が形成されているギャラリーです。2枚のガラスの間に和紙を挟んでモダンな和を表現しています。揺れる列車の中でガラスを使うと割れるから危険だ、予算が合わないし手間がかかるから、という理由で、JR九州も車両メーカーも最初は大反対だったそうです。

 今までやったことのないことをやるのはまず危険だと。顧客にとって危険なんじゃなくて、会社員としての自分の立場が危険なのね。自分が最初にやる係りになりたくないから。「水戸岡さん、どこかに前例はないか」って聞いてくる。日本はなかった。「ヨーロッパにあるよ」って言ったら、「いやヨーロッパじゃなくて日本で」って。どこまで前例主義なんでしょうか。誰からも言われていないのに自己規制しちゃうんです―水戸岡鋭治『鉄道デザインの心』(日経BP社、2015年)

IMG_9067

DSC01790

IMG_9063 機能美としては、飛行機と同等以上のレベルを目指した「ハットラック」(荷物棚)を採用することで、すっきりとした美しい広々とした車内が広がっています(写真右)。荷物棚にはいろいろな形や色の荷物が置かれることで、客室がうるさくなり、どうしても落ち着きのない空間になりがちです。この「ハットラック」方式の荷物棚にすることで、これらが全部隠れ、美しく静かで緊張感のある空間を演出していますね。最初は、JR九州からも「蓋の開け閉めは乗客にとって面倒だし忘れ物をする」と大反対をされたそうです。

 確かに、荷物棚の蓋の開け閉めは面倒くさいかもしれません。また蓋を開ける時に不意に中の荷物が落ちてくることがあるので、注意をしなければならない。しかし、蓋の開け閉めくらい、手間ひまをかけてもいいと思う乗客もいるのではないかと私は思ったわけです。ちょっとしたリスクで落ち着いた空間を作り上げることができるなら、そのリスクを引き受けてもいいと考える人もいるのではないでしょうか。また、中から落ちてくる可能性があるのでちゅういしなければならないということは、その下に座っている他の乗客のことも考えなければいけないということです。時には声をかける必要もあるでしょう。その時に乗客同士のコミュニケーションが生まれる可能性があるのではないでしょうか。私はこうした考えを主張し、そのつどJR九州の担当者に納得してもらってきました。そして「かもめ」の荷物棚もハットラック式にしてもらいました。もしかしたら私の考えは少し強引に思われるかもしれません。しかし、列車という公共空間に対して私は思っていることがあり、この「なんでも簡単な方向に」という考えは断固拒否したかったのです。    ―水戸岡鋭治『水戸岡鋭治の「正しい」鉄道デザイン』(交通新聞社新書、2009年)

 車体の色でも、JR九州ともめています。この「白いかもめ」の白色は、旧国鉄時代からタブー色とされてきました。なぜなら、SL蒸気機関車が走っていた時代に石炭のすすで車体が黒く汚れてしまうために、車両デザインに明るい色合いが使われることを極端に嫌っていたのです。白い車体は汚れやすいのです。自動洗浄機もない時代です。「白は禁止」の時代です。そこへ水戸岡先生は「純白」の車体を提案します。「オンリーワンの衝撃」が走ることになりました。セラミック系ハイブリッド塗料の「N9.5レベル」という塗料の中でも最高レベルの「純白」を採用したのです。マンセル記号で10が完全な真っ白なのですが、実際にはあり得ない色なので、実用上はこの9.5が最高です。新幹線0系や100系は「N8.5~9.0」ですから純白度は際立っていますね。まばゆい白のボディに包まれながら有明海の海岸線や佐賀平野を毎日駆け抜けていきます。当然メンテナンスは大変で、通常の車体であれば2日1回洗浄するところを、白いかもめ」毎日洗浄しなければなりません。「コストが上がる」と現場は反対しました。でもこうした他よりも手間暇をかける体制ができたことで、「かもめ」のブランド力が上がり、お客さんに愛され、ひいては業績アップの源となっていきます(水戸岡鋭治『鉄道デザインの心~世にないものをつくるぃぃる闘い』(日経BP社、2015年)より)。

DSC01771

 私には、国の特急列車を制覇するという壮大な目標があります。乗って感激した列車のレポートをこのブログで公表しています。学校をスパッと辞めたら、旅三昧の生活を送ろうと心に決めて、2か月ほどそんな生活を送っていましたが、再び北高に呼び戻されてしまい、今は一時中断中です。いつになったら再開できるのか、それを楽しみに毎日生活しています(笑)。

 今日も私のブログをのぞいてくださり、ありがとうございます。多くの先生方から励ましの便りを頂戴して感謝しています。今日チェックしてみたら、すでに525本の下書き原稿が登録されていました。毎日せっせと更新していますが、当分は続けられそうですね。またのぞいてやってくださいね。

カテゴリー: 日々の日記 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中