藤田 田さんの哲学②~「勝てば官軍」

 藤田 田(ふじたでん)さんの続きです。藤田商店の稼ぎ頭であった「マクドナルド」の経営においては、日本全国で「価格破壊」を引き起こすなど、経済感覚、会社経営に長けたカリスマ的人物でしたが、晩年は、日本マクドナルドの業績が迷走するなど、それらに翳りが見え始めます。

 2000年(平成12年)2月からは「平日半額セール」などの大胆な新戦略を展開。デフレ下でも業績を一段と伸ばし、2001(平成13)年7月26日にはジャスダック市場に上場を果たしました。日本マクドナルドは「デフレ時代の勝ち組」、社長の藤田さん「ハンバーガー王」と謳われました。しかし、「インフレが来る」と、半額セールの打ち切りで、客数が減り、再び値下げするなど価格政策の迷走で、経営が悪化したことや、悪夢だったBSEの影響により客離れを引き起こし、同2001年(平成13年)に創業以来初の赤字に転落します。2002年(平成14年)7月、日本マクドナルドの不振や、自らの体調不良などにより社長を辞任。2002年3月、会長兼CEOに就任しますが、連結決算で創業以来の最終赤字になったことから、2003年3月28日の株式総会後、会長退任を余儀なくされました。日本マクドナルドの経営から退いた後は、公の場に出る事は少なくなり、2004年(平成16年)4月21日、心不全のため東京都内の病院で死去されました。78歳でした。桜の花が散るように静かに退きたい」という本人の思いとは裏腹に、毀誉褒貶の相半ばする人生でした。

 私は、松江北高の大先輩である藤田さんの生き方を詳しく調べてみて、たくさんのことを学びました。とってもいいことをいっぱい言っておられます。ずいぶんと勉強になる生き方ですが、一つだけ同意できない点がありました。それが「勝てば官軍」という哲学です。これは「勝てば官軍 負ければ賊軍」という言葉から来ていて、何事も強い者や最終的に勝ったものが正義とされることのたとえです。たとえ道理にそむいていても、戦いに勝った者が正義となり、負けた者は不正となる。物事は勝敗によって正邪善悪が決まるということ。「官軍」とは、時の朝廷や政府に味方する軍勢のことで、明治維新で敗れた幕府は賊軍の汚名に泣いたといいます。「賊軍」は「官軍」の反語で、朝廷や政府の意思にそぐわないとされた側の軍のことです。このことわざを短く、単に「勝てば官軍」とも言われます。藤田さんには同名の著書まであり、今でも手に入れることができます。私も隅々まで読んでいます。

 私が大好きなナショナルの創業者・松下幸之助さんの側近中の側近、PHPの前社長・前参議院議員の江口克彦(えぐちかつひこ)さんが、『成功は小さい努力の積み重ね』(PHP出版)の中で、この藤田さんのことを痛烈に批判しておられました。

 最も尊敬すべからざる経営者は、すでにお亡くなりになったが、某ファーストフードチェーンのFさんだった。Fさんは、「勝てば官軍」ということを言った。そして、「人生はすべて金だ、金だ」ということを言っていた。Fさんは適正利益を度外視するようなコストすれすれの、競合他社が悲鳴を上げ、手をあげてしまうほどの低価格政策を実践した。ところが競合他社は対抗策を講じたため潰れるところはほとんどなく、逆にFさんの会社は経営が行き詰まり、低迷し、赤字を出して、最終的にFさんは辞めざるを得なくなった。そして、いわば晩節を汚して、失意のうちに亡くなった。一時は成功を収めたようにみえたが結局は自滅してしまったのである。(p.161-162)

 別の所でも、鋭い批判を繰り返しておられます。

 私自身の思い出を振り返っても、あるとき一世を風靡した経営者が「勝てば官軍」という言葉をタイトルにつけて単行本を発刊したことがあります。私は非常な違和感を感じ、そのような考え方は間違っていると私は自らの著書でしばしば批判してきました。すると、やはり、数年後にその経営者の会社は、赤字転落してしまったのです。マスコミがよく持て囃した経営者でしたが、私の考えからすれば、その経営者の凋落は至極とうぜんのこと、私の予想通りになりました。そして、「勝てば官軍」と表明していただけに、まさに自らの経営人生の晩節を自ら汚してしまったという無念を、この経営者は死に際に後悔したことだろうと思います。     ―江口克彦『ほんとうの生き方』(PHP出版)

 江口さんご自身も、33歳のときに、松下さんを訪れた松下電器の傍系会社のS専務から、江口君、経営っていうのは勝てば官軍でね…」と話かけられ、即座に否定した経験を持っておられます。経営は、絶対に勝たないとダメなんだ。なんだかんだと言っても、結局は、利益なんですよ。いかなる方法であっても、結果を出すという、そういう考えがないとダメ。」 江口さんは反論します。それは、おかしいですよ。確かに、経営は、利益をあげなければならないと思いますが、だからと言って、なんでもやっていい、いかなる方法でもいいというのは、言い過ぎではないですか」と言いました。S専務は、嘲笑うような表情で、「君は、経営者でないから、経営の厳しさを知らない。経営は死にもの狂いなんだ。だから、ときには手段を選ばず、ときには、法に触れない、ギリギリのこともやらなければならないんだよ。そういうことをやっても、とにかく、売り上げを伸ばし、利益を確保する、そういう結果を出す経営をすることをしないと、会社は成り立っていかないんだ」と声を大きくして言います。江口さんは納得いきませんでした。そんなことまでして、売り上げを伸ばし、利益をあげても、世の中に迷惑をかける、法に触れなくとも、道義的に、人間的に反するようなことをしたら、いけないんじゃないですか。それは、勝てば官軍、ということで、許されないと思います。たとえ、道理に反しても、勝てばいい。結果を出せばいいという専務の考えは、経営者が考えることではないですよ。結果も正しく出すけれど、過程も正しくおこなっていく。それが経営者の心掛けることではないですか」と、次第に激しい口調になっていきます。S専務も一層激高し、君、経営を知らん者が、無責任に、そんなことを言うべきではない。そうなんだよ。勝てば官軍でいいんだよ。勝てば官軍。経営はそういうもんなんだよ」と続けます。S専務と江口さんとのこのようなやり取りを松下幸之助さんはベッドに横になり、聞いているのかいないのか、まるで眠っているように、ずっと目をつむったままでした。おそらく黙って聞いていたのでしょう。江口さんは、S専務とのやり取りを、松下さんの前で、いささか興奮して激論したことを一瞬後悔しつつ、多分、このような議論には興味がないのかもしれないし、眠っているとすれば迷惑なことだと思い、適当なところで、S専務に「もう止めましょう」と言って、二人で部屋を退出しました。

 それから、1カ月ほど経って、松下さんと話をしていると、松下さんが、遠くを見るようにして、昔話をし始めました。「わしがな、店を始めた頃、加藤大観さんという、真言宗のお坊さんが、縁あって、わしの側にいたんや。この人は、わしの健康長寿と店の繁栄を祈ってくれていた。まあ、わしの相談相手にもなってくれていたな。あるとき、一つの製品について、度の過ぎる激しい競争がおこなわれてな。わしは、正しい競争ならするけど、不当な乱売競争はしないと心掛けていたから、その競争に乗らんかったんや、最初はね。けど、いくつもの店が入り乱れて、まあ、乱売合戦や。さすがのわしも、腹をすえかねて、徹底的にやってやろうやないか、と考えた。そいでな、その加藤さんに言うたんや。徹底的にやろうと。そうすると、加藤さんは、静かにこう言ったんや。“そうですか。それはなかなか勇ましいことですな。あなたがそこまで思い立ったのであればおやりなさい。ただ、あなたは、数百人の従業員をかかえている。あなたは今、一時的な怒りにかられて、損得を超越してやろうとしているのだから、たとえそれで大きな損をしても、気分がスカッとするかもわからない。しかし、その結果生まれる経営難は、抱えている何百人もの人に及ぶのです。それは大将のすることですか。それは匹夫下郎のすることです。大将というものはそんなことをしてはいけない。ほかのところが乱売競争を仕掛けてきても、あなたが正しいということをやっているのであれば、決して心配はいりません。乱売しているところへは、一時的にはお客が行くかもしれません。しかし、出船もあれば入船もある、というのが世の常です。あなたが、自分の感情にかられて、やるんだというのなら、おやりなさい。しかし、それは、大将のすることではありません”と。まあ、こう言うんやね。わしは、うーん、なるほどと思って、乱売合戦に参加するのを止めた。結果はどうなったかというと、大観さんの言うた通りになった。」

 松下さんは、ここで一呼吸しました。そして、今度は、江口さんの顔を見据えながら、きみ、わかるか、商売するとき、結果を出せばいい、結果だけが商売や、と考えたらあかん。その仕方やな、それも大事や、ということやね。なにをやってもいい、勝てば官軍、という商売は、あかんよ。結局は、失敗するで」と。

 やはり松下さんはよく分かっておられます。これは、江口さんが36歳で、松下さんから「PHP総合研究所」の経営を任される前年の話です。ちなみに、くだんのS専務(のちの社長)の会社は、8000億円の負債を抱えて、後日、2005年に、倒産しました。

 さて、ここからは私の考えです。法律に触れなければ何をしてもよい、という姿勢で経営して莫大な利益をあげていくというのは、明らかに間違っています。人間的に正しい道というものを歩んでこその成果であって、法律に触れなければ何をしてもよいではなくて、勝ち方に美しさがなくてはいけません。藤田さんが唯一間違った点がそこだったと思います。結果さえよければそれでよいというのではなく、よりよい成果をあげることが大事であると同時に、そのプロセスも大事にする、という姿勢が大切だと思うのです。結果を大事にする以上に、それを生むまでの過程も大切にしたいというのが、私の哲学です。損得」ではなく、尊徳」で生きるということです。英語の指導も、そんな思いで40年間やってきました。点さえ取ればそれでいい」ではダメなんです。本物の英語の力をつけないといけない。賢者は歴史に学ぶ」(ビスマルク)の姿勢で、藤田さんの失敗例を心に刻んでおきたいですね。以上、二回にわたって、松江北高の生んだ偉大な大先輩、藤田 田さんの生き方について、いろいろと述べてきました。参考にしてください。

※私のブログにお越しいただきありがとうございます。夏は、いつも以上に忙しく飛び歩いていましたが、しっかりと仕込みをして、新学期に備えていました。松江北高では17日に始業式があり、すでに数時間授業を行っています。今日でテキスト『Reading High-level』(ラーンズ)の20課が終わり(これめちゃくちゃ力の付く読解問題集で、みなさんに薦めています)、センター試験の準備に入りました。今日8月24日から9月3日(日)まで、学園祭準備・学園祭のために授業がありません。ヤッター!!しばらく旅に出てきます。行き先は内緒(笑)。❤❤❤

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