はきものをそろえる

 以前勤めていた津和野高校の職員トイレに、こんな張り紙がしてあるのに気づきました。いい言葉だな~と感心してメモしたものです。

        はきものをそろえる
はきものをそろえると心もそろう  心がそろうとはきものもそろう
ぬぐときにそろえておくと  はくときに心がみだれない
だれかがみだしておいたら  だまってそろえておいてあげよう
そうすればきっと  世界中の  人の心もそろうでしょう
                      (円福寺 藤本幸邦)

 禅でいう「脚下照顧(きゃっかしょうこ(=足下を見よ)という教えですね。「自分の履物を揃えられないようなものに何ができるか。まず履物を揃えるところから始めなさい。」と。これに関して、以前僕も同じような話を読んだことがありますので紹介しましょう。

 『初めてタイトルをとった第15期棋聖戦の対局の時でしたけど、僕は5分間の休憩時間をとってトイレに立ったんですわ。トイレの戸を開け、ふと足元を見たらスリッパがキチンと揃えられているんですわ。つま先を中に向けて、あとから入ってきた者が履きやすいように。びっくりしましたね。実は、僕が入るほんの直前に、対局相手の中原誠がトイしに立ってたんです。つまり、このスリッパを揃えたのは中原本人ということですよ。それまでに何度かトイレに立ったとき、いつもスリッパがキチンと揃っているんで、これはここの旅館の女中さんがなおしているんやろうと思っとったのです。それがそうやなかった…。それが分かった瞬間、愕然となりましたね。
 タイトル戦に限らず、勝負というものは厳しいものでしてね。たいていの棋士は、休憩をとって盤から離れ、頭を冷やすもんですわ。それでもたいがいの人は頭の中からは「将棋」がはなれんわけや。あーでもない、こーでもない、と構想を練ってるんです。まして、トイレのスリッパがどっちの方向を向いていようとかまへんのですわ。普通の棋士なら。それどころか、ついうっかりスリッパを履いたままトイレから出てきてしまうとかね。僕なんぞは、座敷にまで履いてあがろうとして、ハッと気づいたことがあるくらいやからね。ところが中原はそうやなかった。あとから入って来るもんのために気配りまでしてるとは…。その心のゆとりに、思わず圧倒されてしまいました。こいつは近い将来、棋界の第一人者になれる男や、と直感で分かりましたわ。こんな器の大きな男やったら、そうなって欲しいとも思った。そんな思いでスリッパを眺めていると、自分の「将棋」がふと見えてきたんやなあ。将棋というのは不思議なもんでしてね。将棋を知り尽くしたプロ棋士が全く同じ陣形で打ち始め、それでも勝ち負けが決まるわけでしょう。これは、どれだけ先を読めるかという「知」的な部分だけで決着がつくんやなくて、知も情も意もその全てをかけた勝負なんですわ。

 これは将棋プロの内藤国雄(ないとうくにお)九段が、自分の将棋人生で一番心に残っていることを語った言葉です。ここに出てくる中原 誠(なかはらまこと)は、その後名人となり大活躍したことは言うまでもありません。一流は一流を知る、私が好んで生徒に聞かせてあげる逸話です。

 はきものをそろえるということに関して、思い出されるのは、あの「V9」の偉業を成し遂げた巨人軍の川上哲治(かわかみてつはる)監督です。川上さんはミーティングにおいても、野球技術面のことはほとんど語らず、選手の人間教育に徹したということです。「人間とは?」「人生とは?」「仕事とは?」といった話ばかりだったと聞きます。トイレのスリッパの脱ぎ方まで注意し、「あとで使う人のことを考えて、きちんとそろえて脱ぐように」と厳しく選手に指導したと言います。そのことは川上さんが著書にその理由まではっきりと書いておられます。勝機は心眼にあり 球禅一如の野球道』(ベースボールマガジン社、1991年)という本です。ちょっと引用してみますね(下線は八幡)。

 私は選手の私生活面では、これは前にも述べましたが、チームワークを徹底するためにと考えて、自分勝手をやめさせ、相手のことを考えるように強調した。試合中の何百分の一秒の中で、相手のことを考えてプレーするということは、なかなか出来ないものです。しかし、そういうことを平素から癖をつけておけば、瞬間的に、ちょっとでも相手のことを考える気持ちがあったら、目的のないプレートか、エラーを招くような、いい加減な球なんか、投げたりはしませんからね。そういうことを徹底させるために、私生活での躾をちゃんとしていったわけです。
 相手への思いやりを忘れないためにはどうしたらいいか。ミーティングでは、野球のことだけでなくて、子供の育て方や,お金の貯め方とか、私生活面の指導なども、いろんなことをやった。
 遠征先の宿舎などでは、スリッパの脱ぎ方ひとつにしても、厳しく注意した。乱雑にやったら他人に迷惑をかける
 例えば、トイレには下駄やスリッパなどがあるでしょう。これを、自分の用が済んだら反対向きに揃えて出てこい、乱雑に脱ぎ捨てて来るもんじゃないんだ。そうすれば次に自分が行った時でも、乱雑になっているよりはちゃんとこっち向きに揃っていたほうが気持ちがいいだろう。これが作法の基本なんで、こういうことすべてに応用してやっていけ、と
 これはチームプレーにつながる問題です。チームプレーというものを確実にやるために、みんなが共用で使う場所があるわけですが、そういうところのマナーや考え方、やり方を教えていくわけです。
 こうして、多少とも時間のある時に、次の人のことを考えてこうしたことが出来てないと、ジャイアンツの野球は自分のほうから陰で相手を助けようということで連繋された野球で試合を進めているから、打ったり、投げたり、守ったりするような個人の技がいくら上手になったとしても、そういうことがちゃんと出来なければ、レギュラーの試合には出られないんだ―という教え方です。(pp.153-155)

 私も子どもの頃、母親に、靴を脱いだらきちんと逆向きに揃えて上がるようにと厳しく言われたものです。最近は、そういう躾を、きちんと子ども時代に受けていない高校生が多い気がしています。だらしなくスリッパを投げ散らかしています。最近の巨人軍の数々の不祥事を見ていると、こういった「人間教育」がまったくなされていないことがよく見て取れます。残念なことです。

(追記) V9を振り返って、あれだけの選手(王、長嶋など)を抱えていれば誰が監督をやっても優勝できる、などと言う人がいますがとんでもない話です。技術面だけでなく、人間としても一流の選手を育てていたからあの記録が達成されたというのが私の考えです。他の監督と違う川上さんの偉大さは「人間教育」を重視した点だと思います。私は英語教師ですが、川上さんを見習いたいと思っています。

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