鉄道捜査官「津和野トンネル殺人事件」

  スカパーで「鉄道捜査官 津和野トンネル殺人事件 山口線「貴婦人号」汽笛のトリック鉄壁のアリバイ、真犯人はSLに乗っていた」(原作は草野唯夫)の再放送を見ました。これは2003年に放送された鉄道捜査官シリーズの第3作目です。2000年の第1回放送以来、ほぼ年1作のペースで作られ、毎年春先に放映されてきました。第1作、第2作だけは『鉄道おんな捜査官 花村乃里子』(てつどうおんなそうさかん はなむらのりこ)のタイトルで放送されました。第1作、第3作以外の原作は、大好きな西村京太郎先生の十津川警部シリーズですが、捜査員はすべて「鉄道捜査隊」に置き換えられています。原作は十津川警部シリーズですが、主人公を鉄道捜査官の花村乃里子に置き換えました。ゴツゴツしたイメージの十津川警部ではなく、女性刑事を配することで、ファン層を広げたい、お茶の間の人気を狙ったテレビ局側の作戦だったのでしょう。そこら辺は、大好きな故・津村修介さんの私立探偵浦上伸介シリーズが、テレビ化される際に高林鮎子弁護士に置き換えられたこととよく似ていますね。以来17年も長続きする長寿番組に成長しました。さて、私は3年間津和野高校に勤めていたこともあって、このドラマに出てくる各所が、懐かしく思い出されたことでした。太皷谷稲成神社、乙女峠マリア聖堂、第一交通SL「やまぐち号」、…ああ~、懐かしい!!

 山口市で行われた講習会の帰途、警視庁鉄道捜査隊主任の花村乃里子(沢口靖子)は、小郡駅(当時、現在は新山口と駅名が変わっています)から念願だった観光専用SL列車『やまぐち号』に乗ります。多忙を極め有給を消化していない乃里子への倉田捜査課長(地井武男)の配慮です。列車が終着・津和野まで20分足らずとなったとき、乃里子は東京の倉田捜査課長に携帯電話で連絡をとるためデッキに出ました。車内に戻ると、乃里子の席には見知らぬ男がいて、SLの窓から身を乗り出すようにして熱心に写真を撮っています。男は、多田雄一(矢島健一)と名乗り、カーブを曲がる機関車を撮影するには、この席からのアングルが一番いいので、と弁解します。乃里子が微笑を返したその直後、「危ないな、あの人!」と多田が大声をあげます。見ると、前方の白井トンネルの上に、カメラを構えた男がいるではありませんか。列車が近づいた時、突然男の体が前のめりになり、そのまま転落、乃里子と多田は、その一部始終の目撃証人となったのでした。所轄署の刑事が現場に急行し、男が死んでいるのを確認。男は小田切(佐伯直之)という地元のタクシーの運転手で、現場近くに彼の営業車が停めてありました。その頃乃里子は、小田切が足を滑らせたトンネルの上を調べていて、切り株に犬釘が打たれ結びつけられたビニールロープが焼き切れているのを発見しますが、地元の刑事たちは、SLマニアの小田切が撮影に夢中になるあまり、足を踏み外したための事故死と判断してしまいます。しかし、乃里子はこの結論に異議を唱えました。いくらマニアだからといって、勤務中にわざわざひと気のない山の中にやって来るものだろうか?さらに、木の幹についていた新しい傷も?乃里子は殺人の可能性もあると指摘しますが、刑事たちは一切耳を貸しません。独自に調査を始めた乃里子は、小田切は特にSLファンでもなんでもなく、趣味と言えばもっぱら麻雀とパチンコであり、さらに、かつて働いていた東京で、女性絡みのトラブル(レイプ事件)を引き起こして、郷里の山口に舞い戻ってきたという過去の経歴も判明します。やがて、小田切が半月ほど前に、客と揉めていたという事実を乃里子は掴みます。東京の建設会社社長の多田源吉(庄司永健)と彼の娘で目の不自由な道子(大河内奈々子)です。乃里子は多田という苗字に引っかります。乃里子と一緒に小田切の転落死を目撃した青年も、多田という苗字でした。果してこれは偶然なのか? 東京に戻った乃里子は、多田雄一が源吉の息子で、道子の兄であることを知ることになるのですが…。小田切の転落死に何等かのトリックが用いられていることを確信した乃里子は捜査を続行します。事件は思わぬ展開へと流れていきました。そして最後に意外などんでん返しも。

 このドラマにも登場する、私にとって懐かしいスポットを2カ所だけ紹介しますね。

 地元のタクシー運転手小田切が、何者かに写真を撮るように頼まれた場所が、9号線沿い阿東・地福の「樹里庵」(じゅりあん)というレストランでした。ここは地元の阿東黒毛和牛を使ったステーキやハンバーグなどが有名ですが、県内でも有数のりんごの産地であり、旬の「アップルパイ」がとっても美味しいんです。コーヒーカップより大きめサイズの「アップルパイ」は温かく、生地もサクサク。美味しく煮込んでスライスされた旬のりんごの味は格別でした。よく同僚たちと行ったものです。津和野にはレストランらしきものがほとんどないので、あの頃は、よくみんなで山口や益田に出かけたものでした。

 このドラマの鍵を握る、多田源吉と娘の多田道子が墓参りに東京からやってきて泊まったホテルが、「ホテルかめ福」でした。ここは湯田温泉でも老舗の旅館で、津和野高校で初めて「学習合宿」を行った場所でした。夏の最も暑い時期に、学校を離れて冷房のきいた快適な「かめ福」を貸し切り状態で、泊まり込んで勉強を行いました(3泊4日だったかな?)。私は「夜の1時から○○講座をやるから!」とかゲリラ授業で無茶をやり、ひたすら勉強漬けの日々でした。おかげで、非常に良い進学結果が出たもので、それから数年は続きましたが、私が松江に帰ってからはもう中止になったみたいですね。山口大学で行われるセンター試験(津和野高校は島根県最西端部にあるために、センター試験は山口大学で受けるんです)に生徒を引率した際も、特別に食事はこの旅館にお願いしました。そんな訳で支配人の方と仲良くなり、格安で泊まらせてもらっていました。ここは特に温泉が充実しており、多種多様なお風呂を楽しむことができるんです。温泉に浸かりながら、美味しい料理を堪能しながら、鋭気を養って猛勉強したのもいい思い出です。北高同僚の先生方にも紹介している温泉宿で、またもう一度ゆっくりと訪れてみたい旅館です。❤❤❤

 

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