字幕翻訳家・戸田奈津子さん

 最近、俳優ハリソン・フォードが新作映画「ブレードランナー2049」PRのために9年ぶりに来日したときに、記者会見場で、ちょこんとハリソン・フォードの横に座って通訳をしておられたのが、映画字幕翻訳者の戸田奈津子(とだなつこ、80歳)さんです。東京都出身、津田塾大学英文科卒業。故・清水俊二氏に手ほどきを受け、地獄の黙示録』で注目され、以後は、E.T.』『インディ・ジョーンズ』『タイタニック』『スター・ウォーズ』などの大ヒット作を担当、また海外映画人との親交が深いことでも知られます。トム・クルーズブラッド・ピットなど、有名映画スターが来日する度に、通訳として駆り出されておられますね。戸田さんの字幕ファンである私は、このブログで2回ほど彼女を取り上げています。⇒コチラコチラです

 戸田さんは、1994年、58歳のとき「加齢黄斑変性」(かれいせいおうはんへんせい)と診断されました。高齢者の主な失明原因の一つです。網膜の中心にある「黄斑」(おうはん)に異常が生じ、物を見た時に中心部が見えにくくなり、ゆがむ・暗く見えるなどの症状が起こる病気です。戸田さんの「自叙伝」とも言うべき本が出ています。戸田さんは自分で書かれることはないので、映画ライターの金子さんがまとめています。戸田奈津子・金子裕子『KEEP IMG_5805ON DREAMING』(双葉社、2014年)がそれですが、そこには、このように内臓的にはいたって健康なのですが、唯一、眼にだけは酷使のツケが回ってきました。もともと超ド近眼だったのですが、それも原因で、左目が最近iPS細胞の移植ですっかり有名になった「黄斑変性症」になりました。左目の中心部がドーナツ状に真っ暗で、字も読めないのですが、幸い、眼は2つある!片方の目だけでなんとか今日まで過ごすことができ、かなり怪しくなったけれど運転も続けています。」(pp.176-177)とありました。これまで語られることのなかった戸田さんの素顔が垣間見える、とっても面白い本でした。一途に映画を追い続けた少女が、20年もかけていかにして夢を叶えたのかを語る自伝となっています。「映画だけで終わった人生なんて、単細胞かもしれませんけれど、ほかに行きたい道がなかったのだから仕方ありません。」という言葉に、戸田さんの映画字幕人生への自負を見た気がしました。現在は月一本のペースで字幕をやっておられます。

  私は若い頃、戸田さんがアメリカの人気マンガ「ガーフィールド」の翻訳をされたことがあり、その推薦文を書かせていただいたことがあります。今となっては懐かしい思い出です。

 雑誌『CNN ENGLISH EXPRESS』11月号(2017年、朝日出版)に、そんな戸田さんの最新インタビュー「自分の「好き」を追い続ければ道は自ずと開ける」が載っています。これが示唆に富んでいて、実に面白く読みました。ぜひみなさん読まれることをオススメしておきますね。戸田さんの回答で気に入った部分は下線を引いておきました。そこでは、字幕翻訳で最も大切なのは英語力ではないと断言しておられます。

 字幕は一瞬でわからないといけないから、ややこしい文脈はダメなんです。アメリカ文化と日本文化の違いもあるし、ジョークなどもそのまま訳したって、面白いわけがありません。ただ直訳すればいいというものではない。そんなギリギリのセリフを字数制限がある中で作り出すことができるのは、やはり日本語力です

 会心の字幕翻訳だという作品はあるか?との質問に答えて

 自信を持ってできたなんていえる作品は一つもありませんよ。今だって自信なんかありません。どんなキャリアだって、自信なんて持つようになったら終わりですよ。今でも「このセリフでいいかな、どうだろう」と不安に思いながらやっています。映画は題材によってワンパターンではなく、ケースバイケースで変わりますしね。ルールがあるわけじゃなくて、映画が「こういう言葉を使ってね」と語りかけてくるんです。お調子者のキャラクターが出てきたら、「チャラチャラした言葉を使ってね」と。こちらで決めているのではなくて、全て映画からメッセージを受け止めて、せりふをつくるのです。

 英語力の中で特に重要だと思うのはどの能力ですか、との質問には

 あえて言えば、書くことが大事だと思います。会話で話す英語は、少々間違えても通じますよね。そうすると、ただしゃべっているだけだと、自分の間違いが自分でわからない。書く英語には明確な正解があるので、実際に書くことで初めて自分の間違いが自覚できる。そこでしっかり学ぶことができます。書くことは英語の知識のダメ押しをすることだと思います。文法も重要ですよ。基本的な文章を書くための文法を身につけておくことは必要だと思います

 語学を学ぶ方は、英語が上手なことも大切だけど、それだけではプロにはなれないと思います。自分が志す分野の知識がきちんとないとダメですよね。英語はあくまでもツールです。道具の使い方だけがうまくなっても意味がない。大工さんがいくらカンナがけだけ上手でも意味がないでしょう。一番大事なのはその技で家を建てることです。言語も同じで、いくらうまく言語が使えても、「それで何をするのか」というところまで見えてないといけないと思います。何をすべきか見つけるのが難しいなら、自分の好きなことから入ればいいのです。人間、誰しも好きなものはあるでしょうし、それもないなんて言うのなら、自分をわかってないからです。そこから始めれば、結果的に自分をプッシュしてくれるはずですよ、私のように。

 若い人たちへのアドバイスを。私も同感です。尊敬する竹内 均東大名誉教授からは、①好きなことをやって、②それでメシが食えて、③時々人からお礼を言ってもらえる、そんな職業が最高だね、と教わりました。

 このスピード化、複雑化した社会の中で、今の若い人は先まで見なくちゃいかないから本当に大変だけど、必要なことでもあります。だからこそ「自分の好きじゃないことやっていっていいの?」と聞きたいですね。自分の好きでないことが、満足できるキャリアになるでしょうか?私もこの年になったからわかるけれど、一生なんてあっという間で、天から与えられたその何十年かを「いやだいやだ」と思いながら暮らすなんて、自分に対してもったいないですよ。せっかくもらった時間を無駄に過ごすことなく、やりたいことを探してほしい、自分で納得できる人生を送ってほしいと思っています

 2017年の1月に受けたインタビュー「エッ?と思う字幕は、どこかおかしいの」も公開されています。40年間の苦闘の足跡、こちらもぜひお読み下さい。⇒コチラです  私は人がなんと悪口を言おうと(ひどいバッシングを受けたこともあります)、戸田さんの字幕のファンです。 

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