ライバル~渡部昇一先生その後

 最近は、尊敬する「知の巨人」故・渡部昇一(わたなべしょういち)先生が、ずいぶん昔に書かれたものを再読しています。こうして読み返してみても、先生が昔おっしゃっておられたことは、今でもちっとも古くはなっていません。普遍的な価値を持つ事柄ばかり、という印象ですね。今日はその昔、雑誌『ビッグトモロウ』(青春出版)に連載されたインタビュー(大ファンの私は、当時から全部スクラップしていました!)をまとめた『自分を生かす 流れを変える発想法』(青春出版社、昭和56年)を懐かしく読み返してみました。今からなんと36年前の本です。そこに書かれていることに、いちいち頷きながら読んでいましたよ。その中に「嫉妬の健全化」を取り上げている箇所があります。

 私が高校の生徒の頃、ずばぬけて英語のできる生徒がいて、その男のことを考えるとそれだけでムラムラしてくる。それほどよくできる学生だった。しかしよく考えてみると、彼の足を引っぱってもこちらの実力がつくわけではない。そのことを私は若いなりに悟った。それでは彼に負けないように勉強してやろうと決心した。彼が「カムカム・イングリッシュ」を習えば、こちらも習うというふうにした。そのうち筆記試験などは、こちらのほうがよくなったりして、その時は本当にうれしかった。結局その男は、私の勉強の引き金になってくれたと思っているし、今でも仲がいい。
 大学に入ってからも、そういうライバルが一人、二人いた。「アイツがいなかったらオレはもっと勉強しなかったのではないか」と、考えさせられるようなライバルで、そういう人とは今でも一緒に仕事をしている。よいライバルとの友情は、人生において最も永続性のあるものではないかなどと、この頃になって痛感している。
 振り返ってみて、その時イライラさせられるほどの競争心を抱いた人は、いい友人だと思う。特に自己形成をしていく時期に、そういう友人にめぐり合ったことは、本当に幸せだったと思っている。心の底では一目おいて尊敬しているから、相手をライバルと認めるわけで、軽蔑する相手ならライバルにならない。よい学校とはよいライバルのいた学校ということになる。
 健全な嫉妬心というのは、健康な競争心といい替えてもいい。何か一つの仕事を成し遂げた人には、それが実業界であれ、学問の道であれ、芸術の世界であれ、「コンチクショー」と思ってふるいたったライバルがいたはずなのである。おそらく、その時その人がいなかったら自分はそれほど伸びなかったであろうというような人と、どこかでめぐり合っているものなのである。
 もっと単純なスポーツなどの世界で考えてみても、才能のある選手がいて、その好敵手がいるという場合に、もっとも好記録が出やすい。すぐれた選手が一人だけいても、対抗するライバルがいなかったためにたいした記録を残すことができなかった例はいくらでもある。よくできる人のノートを試験前に盗んでみたり、陰で悪意ある悪口をいうのとは違う。それでは相手を傷つけるだけでなく、自分自身は一つも高められるところがなくなってしまう。
 そのような悪意のない健全な嫉妬心、健康な競争心というのは、自分を伸ばし、相手をも伸ばすものである。   (同書 p.111-112)

 なるほど、今読んでも、まさにその通り!と頷かれる方が多いのではないでしょうか?ライバルがいると競い合えて、お互いにとって良い効果があるのです。確かに、身近に実力の近いような相手がいると、お互いに切磋琢磨することで、高めあうことができますね。それは、勉強面でも同じことが言えます。実力が近い場合に、お互いに負けないぞという目標が出来る。②お互いの学習の進捗状況でも競い合うことが出来て、勉強がはかどる。③競争相手がいるのでモチベーションが保ちやすい。といったメリットが考えられます。渡部先生はそのことを、ご自分の体験に照らして、分かりやすく述べておられます。私が若い頃勤めていた松江南高校も、当時「北高に負けるな、追いつけ、追い越せ!」ということを合い言葉にして、全教員が一丸となって頑張っていたように記憶しています。そしてその通りになりました。

 碩学渡部先生が4月17日に86歳でお亡くなりになり(私の追悼記事は⇒コチラです)、それまで渡部先生の書斎から対談を中継していた宮崎美子さんが、在りし日の先生を偲んで、追悼番組を流しておられます。先生の「世界一の個人書庫」を巡って(あのお年で借金までして建てられた書庫ですよ)懐かしんでおられます。「書痴の楽園~最終章 宮崎美子が語る知の巨人」がそれです。

 まずはもう読めなくなる、とあきらめていた渡部先生の作品ですが、お亡くなりになってからも、どんどん著書が出版され、大ファンの私としては嬉しく思っています。そしてそのほとんどが、出版されるとすぐに増刷・ベストセラーになっています。ご参考までに挙げてみましょう。私は先生の本は全部読みます。

◎渡部昇一『名著で読む世界史』(扶桑社文庫、2017年4月)
◎渡部昇一『名著で読む日本史』(扶桑社文庫、2017年4月)
◎渡部昇一『渡部昇一の少年日本史~日本人にしか見えない虹を見る』(致知出版、2017年4月)

◎大川隆法『渡部昇一日本への申し送り事項 死後21時間、復活のメッセージ』(幸福の科学出版、2017年4月)
◎渡部昇一『人生の手引き書~壁を乗り越える思考法』(扶桑社新書、2017年5月)
◎渡部昇一『日本人の道徳心』(ベスト新書、2017年6月)
◎渡部昇一『知の湧水』(ワック出版、2017年6月)
◎渡部昇一『知的人生のための考え方~わたしの人生観・歴史観』(PHP新書、2017年6月)
◎『渡部昇一読本』(マンスリーWILL増刊、ワック出版、2017年6月)
◎アーノルド・ベネット(渡部昇一訳)『自分を変える!』(三笠書房、2017年7月)
◎ウェイン・ダイアー(渡部昇一訳)『「最高の人生」を手に入れる人がやっていること』(知的生き方文庫、2017年8月)
◎渡部昇一『魂は、あるか?』(扶桑社新書、2017年9月)
◎渡部昇一・フォルカー・シュタンツェル『渡部先生、日本人にとって天皇はどういう存在ですか?』(幻冬舎、2017年10月)

 中でも一番面白かったのは、奥様の渡部迪子(わたなべみちこ)さんが「30回目のお見合い結婚」と題して寄せられた文章でした。

 とにかく本をよく読む人でした。(中略)
 結婚前のデートの時には「次に会うまでにこの本読んでおきなさい」と言って、何か日本の古い本を渡すんです。そんなの読みたくない。でも、次に会ったとき試験をされるから、しかたなく読みました(笑)。 
 主人のことは母がとても気に入ったんです。教師をしていた母の教え子の方の紹介でしたし、きちんと洗礼を受けたカトリックの男性というのは当時だって珍しかったから。ええ、うちもカトリックなんです。それに、カトリックは離婚ができないでしょう。一度嫁に出せば一生安心じゃありませんか(笑)。
 私はちょっと反抗して、なかなか会わなかったけれど、いざ会ってみたら、「おれは見合いをするのは三十回目だ。断った女は見る目がない」って言うから、まあ、なんて自信のある人だろうと呆れました。 

 そしてつい最近は、渡部先生の評伝が出ました。松崎之貞『評伝渡部昇一「知の巨人」の人間学』(ビジネス社、2017年11月)がそれ。著者の松崎之貞(まつざきゆきさだ)さんは、徳間書店で、そしてフリーとなってからも渡部先生の数々の著書の編集を担当された方です。日本人の幸福を願ってやまず、祖国を心から愛した碩学の全人像に迫る初の評伝です。幼い頃からお亡くなりになるまでを、克明に描いておられます。編集者でしか知り得ない情報満載で、渡部先生の素顔を知る上で、これも面白かった。今日も、今井書店の井上さんが、大川隆法『渡部昇一死後の生活を語る 霊になって半年の衝撃レポート』(幸福の科学出版、2017年11月)を持って来てくださいました。渡部昇一先生と、幸福の科学総裁・大川隆法(おおかわりゅうほう)さんというと、意外な組み合わせと思われるかも知れませんが、これにはちゃんとした理由があります。いつかそのことは詳しくお話したいと思っています。 ❤❤❤


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