「パンツ」?

 『山陰中央新報』の11月17日(金)付けで、井上章一先生(国際日本文化研究センター所長)の「ニッポン七変化」シリーズ(8)で「「パンツ」英米違い当惑 日本語に定着した略称」という非常に興味深い風俗文化論が載りました「「パンツ」という言葉は、ときに中高年の人びとをまどわせる。」で始まる文章は、中高年世代はイギリス式に「パンツ」を下着と理解するのに対して、若い世代はアメリカ式にズボンと呼ぶことを引きます(私は「パンツ」という言葉を、若者の会話で耳にすると、一瞬ドキッとする世代です)。年配の男女は昨今の情勢を「パンツ」の移行期と認識して、日常会話に「パンツ」が出てくるとしばしば悩んでしまい、「今のはどっちだ?」と当惑する。英米の本国では和解し合えない両者が、日本に来て同居を始めているが*、後者の勢いが前者を凌駕しており、この推移は、英語圏における米英の勢力後退を反映しているようだ、と結論づけています。実に面白い。

 私が「パンツ」の英米差に興味を持ったのは、大学生の時に、Norman Moss, What’s the Difference : An American/British  British/American Dictionary (1973)を読んだ時でした。その序文には、次のような有名なエピソードが紹介されています。ケンブリッジ大学のアメリカ人留学生がイギリス人の友人たちに、施錠された門によじ登り、大学構内に入ったとき、’pants‘を破ってしまった、と話します。するとそれを聞いたイギリス人の友人が困惑して尋ねます。「でもどうやってズボンを破らずにパンツが破れたんだい?」pantsと言う単語の英米差を理解して初めて笑えるお話です。その後、故・松田裕『米語の衝撃 辞書の嘘』(大修館、1975年)へと、研究が発展していきます。確かにその当時は、米―ズボン 英―下着」という状況だったのでしょう。  

 しかし、井上先生の論は、現在はきわめて乱暴な議論であることが判明します。井上先生は、pants   米―ズボン 英―下着、と割り切って議論を進めています。確かにそのように割り切って書いている英国の辞典もあります。しかしながら、イギリス英語のpants は、下着のことしかしめさないとか「イギリス人はズボンのことを「トラウザーズ」とよんでいる。「パンツ」とはまず言わない。アメリカ人にとっての股間をおおう下着は「ブリーフス」か「パンティーズ」であろう。まあ、「アンダーパンツ」もありうるが。」といった記述は、現代英語の現実の姿をきちんと理解しているとは言えないでしょう。たとえば、イギリスで出た代表的な学習辞典Longman Dictionary of Contemporary Englishespecially AmE”と、 Oxford Advanced Learner’s Dictionaryespecially NAmE”と、《主に》とレーベルを付しているのをどう考えたらよいのでしょうか?明らかに、イギリスにおいても両方の意味が使われていることの裏返しに他なりません(もちろん圧倒的な程度の差はありますが)。そのことは、Godfrey Howard,  A Guide to Good English in the 1980s (1985)において、すでに指摘があります。

  In the 1980s, it would sound Dickensian to go into a shop and ask for ‘underpants’. Pants is the standard word used by men and (sometimes via the diminutive panties) by women. Pants are ‘an undergarment that covers the crotch and hips and that may extend to the waist and partly down each leg’, so it’s not surprising that many young people have switched to briefs, using pants, as the Americans do, for trousers. But trousers remains the most common word in the UK, except when someone ‘bores the pants off us’.

 一方、アメリカでは、「下着」のことを何と呼んでいるかを調査したことがあります。被験者はジョージア大学の学部生・大学院生です。反応が面白いですね。

◎男性の下着を何と呼んでいますか?
underwear     29
boxers         9
briefs         3
boxer shorts   2
shorts         2
skivvies       2
BVDs           1  [a joke term] 
drawers        1  [a joke term]
pants          1
underpants     1
◎女性の下着を何と呼んでいますか?
panties      21
underwear    19
drawers       1  [a joke term]
undies        1
underpants    1 
pants         1

 井上論の本文最後では、トレーニングパンツ」「トレパン」と略すことに触れておられますが、これは完全に「和製英語」で、英語の「トレーニングパンツ」(training pants)は全く別物です(笑)。アンダーパンツ」については、議論が必要と思われますので、今度改めて取り上げましょう。

*日本語では「下着」「ズボン」の両義が認められますが、特に若者は「ンツ」を下着に、「パンツ」(平板アクセント)をズボンに、とイントネーションで使い分けている傾向が認められるようです。

【追記】 よく授業でpantsはなぜ複数形の-sがつくの?と聞くと、「右足と左足に足を入れて左右で合計2個あるから」「脚を入れる部分が2個あるから」という説明が返ってきます。これは昔の製法の名残りで、2枚の布を前後で紐でしばったり、ボタンでとめたり、縫い合わせたりするので別々の布2枚で1つのパンツ、ズボン、ジーンズを構成しているため複数形になります。shorts(ショーツ)・trunks(トランクス)・panties(パンティ)なども該当します。左右に足を入れているという感覚というよりも、製法から考えたほうが納得できるでしょう。

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