『PHP』誌

 『PHP』誌は、松下幸之助さんのPHP(Peace and Happiness through Prosperity、「繁栄によって平和と幸福を」の頭文字)の考え方を広く世に伝えるための、いわば機関誌であり、PHP研究所設立の翌年に創刊されました。PHP』では、人間とは何か、真に豊かな人生とは何か、幸福とは何か、といった、いつの時代にも変わらぬ人類普遍のテーマである「生き方」について、様々な角度から取り上げています。多くの方々の体験にもとづく貴重な意見・提言をもとに、物の見方・考え方についてのヒントを小・中学生からお年寄りまで、多くの読者とともに考える広場となっています。

 PHP研究所は、松下さんが私財と思いをつぎ込んで「繁栄によって平和と幸福」を追求する社会啓蒙活動として、昭和21年11月3日に始まりました。「平和」と「幸福」を得るためには「物質的な繁栄」がなければならないとしたところが、松下さんの「哲学」です(渡部昇一談)。PHP研究所を創設した翌年の昭和22年4月に、雑誌『PHP』は発刊されています。当時発行部数1万部でした。何度も挫折・苦悩を繰り返し「もうPHPを閉じよう」というところまでいきました。発行部数100万部にまで拡大した『PHP』誌も、ほとんどは松下電器の買い上げで、松下さんの「道楽」と見なされる始末です。創設30年間にわたって経営はずっと赤字続きだったのです。松下電器の支援が9割を占めていました。赤字になると、松下さんがポケットからポンと財布を出して補填してくれるような状況でした。そんな経営状態を見かねた周辺からは、「PHP活動は、世のため人のためなのだから、財団法人にすべきです」という進言が何度も行われました。松下さんは「財団法人はあかん。資金を集めて、その資金でやっていく、あるいは、その運用でやっていくわけや。足らなくなると、資金集めや。他に頼る。そこには自主自立の気概も生まれにくい。たいてい安易しか生まれてこんわね。だから、いつまでたっても赤字や。PHP研究所を株式会社にしたのは、そういう真剣味をつくるためや。会社というのはね、生きるか死ぬか。そういう心持ちが、会社を発展させるんや。財団法人にしたらあかん」とかたくなに拒んだと言います(江口克彦『松下幸之助はなぜ成功したのか』(東洋経済新報社)。そんな中で江口さんは36歳の若さで、松下さんからPHP社長を任されます。

 30年間もずっと赤字の会社を引き継いで、江口さんは毎週一回松下さんに状況の報告に上がっていました。いつものように赤字を報告すると、まあ、そういう結果なら、しゃあないな。君たちが一生懸命やった結果や。そうそう簡単にはよくならんわ。まあ、このPHPをはじめて30年間、ずっと赤字や。一度も黒字になったことがないんやから。心配せんでいい。きみたち、若いもんが一生懸命やっているんやから」と松下さん。すみません。頑張ります」と江口さん。するとその瞬間、あんなあ、きみ、わしの言う通りに、やるんやったら、きみは要らんで」と。江口さんは、その一言に仰天し恐怖すら感じたと言います。今までのやり方ではなくて、お前のよしとする経営をやってみろ、わしが言うからその通りにやればいいというような安易な考えで経営をするな、わしの指示を超えた成果を出して持ってきてみろ、という松下さんの声なき声を聞いたのです。

 現在、PHP』誌は、定価190円(税込205円)で販売されています。これだけの啓発内容を盛り込んで、この時代、この安さは驚愕ですね。私も毎月読んでいます。生きるための大きな指針を与えてくれる記事も多く、その都度切り抜いてファイルしています。それにしても自社以外の広告もなく、この値段、安すぎです!!

 当時、PHP』誌の定価があまりにも安すぎる(当時120円)と、多くの書店からクレームが舞い込んでいました。週刊誌は月に4回出ますが、PHP』は月刊誌なので、毎号買う人がいても月にわずか120円の売り上げにしかなりません。あまりにも安すぎて、売っても店の売り上げに寄与しないというのです。もう少し定価を上げて欲しいという陳情です。出版元のPHP研究所も、広告をいっさい掲載していないので、毎号大赤字です。そこで当時社長の江口さんは、松下幸之助さんの所に出向いて、定価を120円から150円に値上げしたいという提案をします。すると松下さんは、う~ん、このまま120円にしておこう」と言います。江口さんは、「120円のママだと、いろいろと書店さんもお困りになっていますし、PHP誌も赤字ですし」と繰り返すと、松下さんは「『PHP』誌は機関誌なんや、啓蒙誌なんや。世のため人のために出しているものだから、一人でもたくさんの人たちに読んでもらいたい。もっと言えば、子どもたち、中学生にも買って読んでもらいたい。多くの人たちに読んでもらうためには、できるだけ値段を押さえたい。だからキミ、120円で対応してくれへんか」とおっしゃいます。わかりました。それでは『PHP』誌の定価は変更せずに、書店さんにはご説明し、また月刊誌単体では赤字ということで今まで通り出していきます。その代わり、他の書籍の発行で経営全体としては黒字にしていきます」と江口さん。その途端に松下さんの表情が一変します。キミ、誰が『PHP』誌は赤字でいいと言った!キミは経営というものがわかっておらん!!『PHP』誌を黒字にすることを、キミは考えてへんのか!!」と激しく叱られます。つまり、赤字部門があっても、全体が黒字であればそれでいいじゃないかと考えてしまうと、どの部門でも同じように給料を払うのだから、赤字でも給料がもらえるなら努力しなくてもいいと思います。一方、黒字部門の人たちは、赤字でも同じ給料か、と働く意欲を失います。そのために結局は、黒字部門までどんどん赤字となって、ついには会社全体が赤字に転落ということになってしまいかねません。松下さんは、それでは社内の士気がどんどん緩んでいくということを、江口さんに伝えたかったのでしょう。江口さんは、それから八方手を尽くして『PHP』誌の黒字化を目指します。本気になってコストカットに取り組んだ(ここら辺の詳しい事情は、江口さんの『松下幸之助に学ぶ部下がついてくる叱り方』(方丈社)pp.87-88に出ています)ところ、本当に二ヶ月後に黒字になったのです。それからは事業を積極的に拡大して、研究活動、研修活動、友の会活動、出版活動、海外活動全ての分野に成功を収め、経営責任者として34年間、9億円だった売り上げを250億円にまで拡大していきました。松下さんが平成元年に逝去される20日前、成果の報告を聞きながら、松下さんは「きみ、PHPがこんなに大きくなるとは、わしは思わんかった」とお褒め・ねぎらいの言葉をかけられました。

 経営というものはよいときもあるし悪いときもある。にっちもさっちもいかない、もう一歩も前に進めないというふうな状況になることもある。それが経営なんや。けれども、にっちもさっちもいかない、壁にぶつかったときでも、もうこれでおしまいだということで、きみ、へたりこんだらあかんで。ぶつかった壁の向こう側に行ける知恵というものを出さなあかん。そのためには、“行き詰まっても行き詰まらない”という考え方をいつも持っていないとあかんで。(松下幸之助)

 私は、やはり何事もリーダー次第だなと、最近、学校や企業を見ていて痛切に感じることです。尊敬する小宮一慶さんがよく口にされる「良い会社とか悪い会社はない、あるのは良い社長と悪い社長である」は、経営コンサルタントの一倉定先生の言葉ですが、会社には、良い会社、悪い会社があるのではなく、良い社長か悪い社長かで会社の命運が決まってしまう、ということをおっしゃったものです。私は教師ですから、これを転じて次のように使っています。良い学校とか悪い学校はない、あるのは良い校長(教師)と悪い校長(教師)である」

(追記)島根県大田市で、義手・義足を作っておられる「中村ブレース」の社長・中村俊郎さんに、故・澄田信好知事より、島根県教育委員の就任要請があります。教育委員会で中村さんは、試験の点数ではなく、本当に子どもが好きな人を教員として採用してください。心底先生になりたいと思っている人を採用してください。」と強く主張されました。点数の高さだけで採用された教師の中には、教師として適性の疑わしい人がいる、というのが中村さんの実感だったのでしょう。島根県の全ての県立高等学校の図書館に、この雑誌『PHP』を毎月、長年(平成20年1月号―平成25年1月号)贈り続けていただいたことは、島根の生徒の心の教育を」という、中村さんの心からの熱い想いからでした。有り難いことでした。中村さんに関しては、詳しくこのブログに取り上げたことがあります。⇒コチラです

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