「十津川省三」の由来

 西村京太郎先生の「十津川警部」シリーズの主役「十津川省三」(とつがわしょうぞう)警部の名前の由来が、今日のテーマです。「十津川」という名前は奈良県の吉野郡十津川村から取ったものです。西村先生は「十津川郷士」にとっても強い愛着をお持ちで、十津川村、十津川郷士が大好きなんです(2009年に「十津川郷観光大使」を委嘱されておられます)。十津川村は山の中にあり、人が純朴で気持ちが純粋な人が多いところが気に入っておられます。幕末に尊皇攘夷をやろうと言われて、千人ぐらいで京都へわーっと行きます。ちょうどその頃、長州藩が尊皇攘夷を国論としていた時期で、朝廷側についていて、十津川郷士も長州と一緒に運動した。ところが、薩摩と会津が手を組んで長州をやっつけた。その結果、長州は朝敵ということになった。一緒に騒いでいた十津川郷士も朝敵にされてしまいます。尊皇攘夷運動の「天誅組」を作ったのですが、逆に朝敵にされてしまい、十津川の人は戦ったり、処刑されたりで、ずいぶん多くの人が亡くなります。こうした純朴でそれでいて利用されやすい十津川の気風が、西村先生を惹きつけて止まないのです。記録では初代天皇となっている神武天皇が大和に攻め込むときに十津川を通ったという伝承があり、それを信じる十津川の人たちは勤皇という自負があり、天皇のためと言われるとすぐに行っちゃうところがあり、幕末は大変な目に遭いました。そういう村が大好きな西村先生は「十津川」という名前を主人公に拝借したのでした。十津川警部は『赤い帆船』(昭和48年)で初登場したときには30歳(まだ警部補でした)。以降少しずつ年をとって40歳になりますが、以降はピタリと年をとらなくなり、今も依然として40歳のままです。モデルとなった実在の人はありませんでした。

 さて、下の名前の「省三」ですが、初めは下の名前はありませんでした。小説の中では「十津川警部」としか書かないので必要なかったのです。西村作品をテレビドラマ化するときに、テレビ局の人に「下の名前は何ですか?」と聞かれて、「分からない」と答えます。そうしたら配役を決めたときに、下の名前ができていました。十津川省三」と書いてありました。西村先生は「こんな名前だったかな?」と不思議に思っていたのですが、これはテレビ局がつけた名前でした。十津川省三」がフルネーム。西村先生はまったくあずかり知らないことでした。笑い話のような本当の話です。

 以前、西村先生は、自分の最終作品に、十津川警部が定年退職した後に、十津川村に行って自分のルーツを探すという話を書くつもりだ、とおっしゃっておられました。ところが、いざ十津川村に行ったら、村長さんに「うちの村に十津川っていう苗字の人は一人もいません」と言われてしまいました(笑)。残念!

 写真は歴代の「十津川警部」「亀井刑事」ですが、亀井」という名前は、西村先生は特に考えもせずに、自然と浮かんできた名前です。亀井定雄というフルネームは、先ほどと同様、テレビ局がつけた名前です。 ♥♥♥

◎テレビ局がつけた名前だった!!

【追記】 西村先生のご本名は「矢島喜八郎」(やじまきはちろう)です。西村京太郎」はペンネームです。父牛太郎と母辰子の間に4人兄弟の長男として戦争中に生まれた時、ホテルオークラ」を作った「大倉喜八郎」(おおくらきはちろう)さんが有名で、大倉さんのように金持ちになりたいという願望から、当時「喜八郎という名前を付けるのが流行ったそうです。ペンネームの「西村」は人事院時代の友だちの名字から、そこに、東京都の「京」と(先生は武蔵小山の出身)、太郎」は長男だから、という理由で「西村京太郎」となりました(黒川俊介」「西崎 恭」というペンネームもそれ以前に使っておられましたネ)。長年京都に住んでいたので名前に使った、というのはデマです。「京都に住むようになってから、京都の京ですか」と聞かれることが多くて、面倒くさいから「そうです」と、先生が答えておられたことから発生した誤りです。

 2009年に「十津川郷観光大使」を委嘱された西村先生は、2月3日に行われた「十津川郷観光大使委嘱状交付式」において、愛する十津川」と題したメッセージを寄せています。

             「わが愛する十津川」     西村京太郎

 私は自分の作品の主人公に十津川という名前をつけている。十津川警部である。よく聞かれるのは「いい名前ですが、どこから取ってきたんですか?」ということである。
 その問に、私は「日本で一番大きな村があります。十津川村です。歴史上有名な天誅組を生んだ十津川郷士の村でもあります。私はこの十津川という名前が好きで、無断借用させて貰っています」と、答えている。全て本当である。私は十津川という字が好きだし、十津川という言葉のひびきも好きである。無断借用も事実で、いつか勝手に使わせて頂いたことを、お詫びしたいと思っていたのだが 怒られることもなく、今回、観光大使に 任命されて、申し訳ない限りである。まだ十津川には二回しか行っていないが、私より妻の方がやたらに十津川が気に入ってしまって、何かというと、また行きましょうという。ひょっとすると、十津川の自然の美しさや、十津川温泉の楽しさ、そして、十津川の人々の優しさは、男より女の方が、敏感に感じとるのかも知れない。私の友人に、NHKで私のコメンテイターをしている女性がいるのだが、五条から十津川を通って、新宮まで行く長距離バスがあると聞くと、ぜひ、そのバスで十津川に行ってみたいという。彼女は、まだ十津川に行ったことはないのだが、直感的に、自分は好きになるところだと思っているのだろう。
 私は日本中の男たちに、一度十津川を訪ねて欲しいと思うが、それ以上に日本中の女たちに、十津川を訪ねて貰いたい。彼女たちは十津川を好きになるに決まっているからである。

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