野村のイチロー論

 あの野村克也さんが天才野球選手「イチロー」を取り上げました。『野村のイチロー論』(幻冬舎、2018年1月)です。私は野村さんを単なる野球選手としてではなく、人間的に尊敬しています。何よりも、野村監督イチローについてどう分析し、どんな視点で何を語るのか楽しみで仕方ありませんでした。 イチローの強さの秘密や考え方にとどまらず、組織における在り方など、野村監督の思いがぎっしり詰まった一冊です。業界は違えど、自分自身この本から学ぶべきことがたくさんありました。タイトルはイチロー論となっていますが、組織論や一流選手が共通して持っている思考も載っていますから、ビジネス書としても意義のある本だと思いますよ。

 私は、イチロー選手のすごさには感嘆しますが、尊敬はしていません。大リーグに行った時から、マスコミのインタビューにも不遜な態度しか見せませんでした(最近少し変わってきた気はしますが)。「どうせ、お前らに言っても分かりっこない」という本音が見え見えでした。そして自分の成績さえよければ後はどうでもいい、という自分本位の態度が見え隠れしていました。ここら辺がヤンキースに行った元巨人の松井秀喜選手との大きな違いでした。彼は巨人時代も大リーグに行ってからも、いつでも丁寧にマスコミの取材を受けていました。野村監督は、そこら辺の事情を、甘やかされて育った豪放磊落な仰木監督近鉄時代に求めておられます。「打てばいいのだろう、抑えればいいのだろう」という個人記録優先主義のチームの出身にその原因を求めておられました。聞くところによれば、当時からイチロ-選手は特別扱いを許されており、移動もホテルも他の選手とは別々だったそうです。他の選手たちはこれをどう見たのでしょうか。あれだけの大記録を樹立していながら、彼が大リーグのチームで「浮いていた」と報道されるのは、こういう人間性に原因があるのでしょうね。

 野村監督イチローを人間的に信用しない例として、よく引き合いに出されるのが次の有名な話です。

 こんなことがあった、ヤクルトの監督時代、オールスター中の出来事だ。たしか東京から富山へ飛行機で移動する時だったと思う。飛行機になる際、いつも私はいちばん前の座席を確保してもらうようにしていたのだが、そのときは二列目だった。「どうして一列目じゃないんだ?」マネージャーに訊ねると、「取れなかったんです」との答え。「誰がVIPが来るんじゃないんですかね」ところが、待てど暮らせどその乗客がやってこない。ほかの乗客(もちろん、一般の人も乗っている)は全員席につき、あとは離陸を待つだけという時間になって、ようやくその客が姿を現した。「まったく迷惑な客だなあ。いったい、どんなやつなんだ?」そう思って顔を見ると、イチローだった。私の顔に気づいたようだが、知らん顔で会釈すらしない。「何か彼の気に障ることを言ったことがあったかな」と考えても、特段思い当たらない。もしかしたら、日本シリーズのときに私がしきりに挑発したことを快く思っていなかったのかもしれない。だとしても、おとなが、親といっていいほど年上の、しかも野球界の先輩にとるべき態度ではないだろう。

 私の尊敬する、日本シリーズV9を達成した巨人軍の川上哲治監督は、あのスーパースターの王・長嶋でさえも、一切特別扱いはしませんでした。ミーティングに筆記用具を忘れてきた長嶋を厳しく叱りつけ、取りに戻らせたりしておられます。選手全員の前で名指しで叱られたことも多々あったと聞きます。川上監督は分け隔てなく誰に対しても厳しい姿勢で人間教育に臨んでいました(⇒私の感想はコチラ)。ここら辺が、王・長嶋を育て、その伝統が松井選手の教育にも生かされたと私は感じています。あれだけの選手があんなに叱られるんだから、自分たちはもっと頑張らなくてはいけない、という雰囲気がチーム内の規律を強固なものにしていき、強いチームワークが生まれたのだと私は考えています。川上さんの教えを受けた多くの選手たちが、その後監督になり日本球界を牽引したことからも、その教えは正しかったことが証明されるでしょう。イチローは指導者たりうるでしょうか?

◎八幡の教育論がコレ

 こんな経験を私もしたことがあります。松江南高校に転勤してきて一年目。県内でも強豪の男子ソフトテニス部の監督を務めました(10年間続きます)。前任のスーパースター指導者・石倉監督からチームを引き継いだのですが、三年生一番手の後衛が練習をよくさぼる。練習に出てきても気の抜けた態度。前年度の中国大会でも上位に入っていた上手い選手でしたが、チームの中では浮いていました。天狗になっていたのでしょう。私は三年生最後の大舞台の県総体で、この選手を団体戦には使いませんでした。同じ三年生の真面目な四番手の後衛を団体メンバーに入れて、戦いました。彼は団体を外されたことをどう思ったことでしょう?一番手の後衛が出ていないのですから、他校もビックリ⇒しめた!という顔つきです。コチラも必死です。これで負けたらしょうがないと思って覚悟を決めていました。幸い、残った選手たちが頑張ってくれ(三番手に本当に信頼のおける選手を擁していたので、1勝1敗にして彼らにつなげば絶対に勝てるという計算で、オーダーを全試合全部組み変えて戦いました。このペアは高校に入って始めた初心者でしたが、真摯な練習姿勢と人間性で皆から信頼され、個人戦でも6位に入りインターハイに出場しています)、勝ち上がっていきました。優勝候補の松江工業高校が、私たちが試合をやっている隣のコートで、準決勝で負けてくれたという幸運も手伝って、決勝戦に臨みました。絶対に優勝する!ここで、今までの試合では使わなかった一番手の後衛を、決勝戦の第一試合で使いました。自分抜きで戦った仲間たちがお膳立てしてくれたこの檜舞台を、彼がどのように感じているかに賭けていました。彼は負けましたが、泥だらけになりながら、コートに這いつくばって玉を拾い、見違えるようなプレーをしました。続く選手たちが2勝してくれて、団体優勝!金沢インターハイに駒を進めました。彼はそれからというもの、人が変わったように一生懸命練習に取り組むようになりました。前任の石倉監督にも「よくやった!」とねぎらっていただきましたが、私の人生で忘れられない思い出となっています。どんなにすごい選手でも特別扱いはしない!」❤❤❤

広告
カテゴリー: 日々の日記 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中