Mr.マリックの苦労話3題

①家庭崩壊!

 ずいぶん前のことになりますが、テレビ朝日系「しくじり先生 俺みたいになるな!!」(2017年6月25日)に、超魔術師・Mr.マリックと、ヒップホップ・レゲエ歌手の娘さんLunaが親子で登場しました。1989年に人気絶頂で仕事は絶好調、きてます」「ハンドパワー」などが流行になったマリックさんですが、一方で、家庭は全く顧みていなかったといい、家族はバラバラになったと言います。仕事の忙しさにかまけて家庭に一切関わろうとせず、修復不可能なくらいまで家庭崩壊していた過去を赤裸々告白、自らの失敗から導き出した「家庭崩壊を引き起こす親にありがちな3つの特徴」を徹底分析しました。同番組にこれまで2回出演しているマリックさんですが、授業のための打ち合わせを重ねるたび、”家庭崩壊”を引き起こした自らの過去のしくじりを語りたいという使命感がわき、今回、娘とともに教室にやって来たと明かします。そこで、今回は「修復不可能なくらいまで家庭崩壊しちゃった先生」として、「仕事を優先し過ぎて、家庭を崩壊させないための授業」を2人で行うことになりました。

 長女のLunaは当時、家出を連発し不良の道へ。警察には20回以上補導されました。長男は毎日部屋にこもってゲーム三昧、妻とのコミュニケーションもゼロとなり、マリック自身も、ストレスの影響で「顔面麻痺」になるなど、どん底状態だった過去を告白します。それが、こうして2人で番組出演することが奇跡のように思えるという親子ですが、どのように家庭が崩壊していったのか。そしてどのように立ち直っていったのかを、赤裸々に解説しました。マリックは、自らの失敗から導き出した「家庭崩壊を引き起こす親にありがちな3つの特徴」を徹底分析し、Lunaは娘の立場から、なぜ不良の道に走ってしまったのか、当時の思いを打ち明けていきます。家庭内での3つのしくじりとして、1)家庭を顧みず仕事優先。仕事と家庭のON、OFFがない。(2)家でもMr.マリックの衣装で生活。(3)子育てを妻に丸投げし、大事な時に(子どもを)叱れない人間。「家族写真は1枚しかない」など衝撃の告白をしました。そんな父親にLunaは強烈に反発。また、父親の影響から小学校でいじられつづけたこと、自分と向き合わない父親に「小学校3年で父に話しかけるのをやめた」と絶縁状態に。その後、私立中学に進学するも「ほとんどの校則を破った」と2年で退学処分。「グレることで個性を出そうとした。どこにいってもマリックの娘だった」と当時を語りましただが、そこから向き合ってくれた父親。立ち直るきっかけ、歌うことのきっかけをくれたことに「父からもらった、家族愛のパワー。本気で叱ってくれたパワーは、ハンドパワーよりもすごい。ありがとう」と感謝しました。マリックさんは「こんな言葉を聞けるとは思わなかった。本当に困ったことだった。中学を追い出されたら本当に困る」と当時を振り返り、声を震わせ涙を流しました。最後は「仕事を優先して家庭を顧みない人へ」と実体験から学んだ反省を踏まえ「家庭より大切な仕事はない」とメッセージを送り、ビリビリに破れた家族の絵を元に戻すマジックで、離ればなれになった家族をつなげる、まさにハンドパワーを見せつけたのでした。

②「パロマ」を辞める!

 マリックさんは、工業高校の機械科を出て、卒業したら働きながら趣味でマジックを続けようと思っていました。高校3年生の時に、株)パロマから「瞬間湯沸かし器」が発売され、蛇口をひねるだけでお湯が出る、まさに魔法かと思いました。彼は、高校に入っておしゃれに目覚めて髪の毛を伸ばしていたのですが、毎朝寝ぐせを直すのが大変で、ヤカンでお湯を沸かして髪を濡らしていましたが、1時間くらいかかりました「瞬間湯沸かし器」があれば寝ぐせを簡単に直すことが出来る、親に頼み込んで買ってもらいます。まさに「運命の出会い」ですね。「人を幸せにするものづくりをするパロマは素晴らしい会社だ」と思って、就職試験を受けて採用してもらいました。新入社員はまず、工場の全行程を把握するために、最初はガス漏れの検査、次が亜鉛メッキの塗布、鉄板を加工するプレス工程と、体験していきます。手際よく黙々と作業する先輩の指先を見ると、ケガをしている人が大勢いました。鉄板を出し入れするときに、タイミングがちょっとでもずれると、プレス機で指をケガしてしまうのです。ゾッとしたと言います。指先をケガでもしたらマジックどころではありませんものね。プロにはなれなくても、アマチュアで日本一を目指そうと思っていたマリックさんですから、このプレスだけはどうしてもできませんでした。「この工程だけは勘弁してください」とお願いしますが、「君だけ特別扱いはできない」と、当然のことながら却下です。会社かマジックか?―究極の選択を迫られますが、選んだのはマジックでした。憧れて入社したパロマでしたが、在籍したのは9ヶ月だけ。会社が嫌だから辞めるのではなかったので、ずいぶんと悩んだと言います。このプレス加工の研修がなければ、現在のMr.マリックは誕生しなかったのです。パロマを辞めてからは、デパートの実演販売コーナーで働きながら、マジックの練習を続けました。パロマの100周年には、招待されたと言って喜んでおられました。cf.「私の会社員時代」『通販生活』2017年冬号

③苦悩期!

 20代前半は、都内のデパートでマジック用品の実演販売をしていました。1974年にユリ・ゲラーのテレビ登場と共に、マジック用品がパタッと売れなくなります。「マジックはインチキで、超能力の方がすごい」というわけです。「スプーン曲げ」を超越するものをやって、マジシャンこそが世の中で一番不思議なことができる存在だと示さなければならないと決意します。ここからが彼の苦労の連続なんですが(マリックさんの修業時代の苦労話は⇒私がコチラにまとめてあります)、1980年代の後半、ホテルのラウンジで披露していたマジックが、テレビ局の人の目に留まり、テレビに出演したところ、人気に火が付きました。マジシャンとしてスプーン曲げなどの「超魔術」でブレイクした頃に、東京都内のホテルでユリ・ゲラーさんに対面します(1992年)。その時に「スプーン曲げを真似するな」と怒られると思っていたのですが、自分のマジックに興味を持ってくれて、彼は意外にもフレンドリーに、スプーン曲げを見せてくれたと言います。その時にいただいた曲がったスプーンは今でもサイン入りで、マリックさんはケースに入れて大切に保管しておられます。しかし、その後世間からバッシングを受けて、仕事のストレスから顔面マヒとなり、一時期テレビを離れることになります。上記の家庭崩壊もちょうどこの頃でした。そんな折れそうなマリックさんを救ったのも、自宅の書棚に置いていたユリ・ゲラーのスプーンだったと言います。「挫折しそうな心を照らし、頑張ろうと思わせてくれる存在だった」と言います。このスプーンは四半世紀を経て、表面もくすんでしまっています。でも実は一度も磨いたことはありません。本当はピカピカにしたいけれど、フェルトペンで「Uri Geller」と書かれたサインの文字が取れそうでどうしてもためらってしまうそうです。そんなユリ・ゲラーさんから、あなたは友達だ」とメッセ-ジを寄せられます。ただ一度会っただけの関係なのに、自分の存在を認めてもらえたと感じ、非常に嬉しかったと言います。cf. 「たからもの」『読売新聞』(東京版)2017年10月9日

 マリックさんは、今度は自分が次の世代にバトンを渡す番だと考えて、今はプロの度肝を抜くような若い才能を見いだす番組を手がけておられます(神業列伝)。❤❤❤

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