さだまさしの「心遣い」

  『女性セブン』3月7日号に、さだまさしさんの心温まる記事が載りました。お読みになりましたか?市川海老蔵(40歳)さんの家に、バレンタイン・デーに大輪のバラの花束が届きました。最初はどなたからかは分かりませんでしたが、その送り主はさだまさし(65歳)さんでした。昨年、素敵なバレンタインデーになるようにと、さださんは小林麻央さん(享年34歳)にバラの花束を贈っていたんです。その同じ花束を今年は海老蔵さんに贈っていたんですね…。さださんは麻央さんの高校の大先輩です。闘病中、さださんから手紙をもらったこともあったようで、麻央さんはその言葉で闘病に前向きになれ、“病気になってしまった自分を少し許してあげられた”とも言っていました」(麻央さんの知人談) さださんの心遣いに海老蔵さんは涙を流したといいます。ブログにも書いておられましたね。バレンタインデーに男性から花束を渡すことについて、「わたしが麻央にしてあげられなかった事です」と、さださんに対して厚い感謝の気持ちを述べました。「私の家にバレンタインに花束が届いた 最初は何方からかは分かりませんでした」とし、ピンクのバラの花束の写真を投稿。その後、「さだまさしさんからでした」と贈り主を明かした。「麻央と同じ花だ…」と涙ながらに花束に顔をうずめている写真をアップし、「あーーーありがとうございます。ありがとうございます 涙」と感謝の気持ちを伝えました。

★みんなが救われた!!

 記事では、そんな心遣いの人だからか、さださんに助けられたという人は多い、として、他に三人の芸能人の例を挙げていました。

 大竹しのぶ(60歳)さんもその1人。ある雑誌のインタビューでは、「さださんのコンサートに行くと必ず、明日からちゃんと生きてこうって元気になってるんです。難病で死んじゃう役をしたとき、死ぬ前に話したい人はと考えるとさださんしかいなくて、“私もうすぐ死ぬからお別れのご挨拶を”って電話したことも」と言い、失恋するたびに、さだの楽屋に行って、わんわん泣いてなぐさめてもらっていたといいます。

 小林幸子(64歳)さんは、さださんのことを“あにい”と慕い、事務所トラブルの影響で歌手生命の危機に陥ったとき、手を差し伸べてくれたと明かしています。留守電に“あにい、助けて!”とだけ入れると、すぐに“どうした?”と電話をくれて。ボロボロ泣きながら事情を話すと、すべてを察し『茨の木』を作ってくれたんです」これは2015年3月、個人事務所「幸子プロモーション」の社長と経理スタッフの2人が退社したことから騒動が始まりました。マスコミは2人の退社を、小林とその夫がクビにしたと騒ぎ立て、小林さんには「ひどい女」「冷酷な女」というレッテルが貼られました。騒動によるイメージ悪化が影響してか、レコード会社は無期限で小林さんの新曲リリースを延期にする措置を取り、曲が出せないという歌手として致命的危機に陥ります。小林さんは、紅白への34年連続出場を目指すためにも、所属レコード会社との契約を解除し、自主レーベルを設立しました。しかし、一度悪いイメージがついた小林さんに曲を提供してくれる人は誰もおらず、危機的な状況の中で、小林さんがこの人しかいないと頼ったのが、彼女が「兄ぃ」「さだ兄」と慕うさだまさしさんでした。四面楚歌になったときに、『もうさだ兄しかいない。さだ兄受けてくれるかな、どうしようかなー』って、もうどうにもならないので電話したんです」と振り返ります。小林さんは留守電に「兄ぃ、助けて!」と切実な気持ちをぶつけたという。すると、さだからすぐに「どうした!」と電話があり、事情を聞いたさだは、たった一晩で作詞・作曲をしてくれたそうです。紅白への連続出場は途切れたものの、さださんのおかげでリリースがないという歌手として致命的な状況だけは回避できましたた。当時は「曲を書いてくれる人が『ちょっと…(できない)』って全部拒否されたんですよ」と回想しています。

 森山直太朗(41歳)さんも、さださんに救われたといいます。2008年に発売した「生きてることが辛いなら」という歌が“自殺を助長している”とバッシングを受けたときでした。「“負けるな! これくらいなんでもない。お前は正しいんだから、胸張ってやれよ!”と電話をくれたそうです。さださん自身、『関白宣言』が女性蔑視と言われたり、歌詞が炎上して大変な目にあったことがあるからこそ、森山さんの気持ちがわかり、いてもたってもいられずに連絡したんでしょうね」(芸能関係者)

 さださんの言葉や歌詞が人生に影響したという声も少なくありません。デビュー40周年記念に500曲を超えるさださんの楽曲の中からファン投票を行いました。第1位は言わずと知れた不動の「主人公」、第2位が「風に立つライオン」、第3位が「奇跡~大きな愛のように~」と続きました。「確かに自分で選んだ以上 精一杯生きる…小さな物語でも 自分の人生の中では 誰もがみな主人公」とか「僕は風に向かって立つライオンでありたい」どんなにせつなくても 必ず明日は来る ながいながい坂道のぼるのは あなた独りじゃない」といった歌詞が、私たちの胸に突き刺さります。

 さださんは、中学生の頃から故郷を離れ一人で暮らし、10代で挫折してバイオリニストになる夢をあきらめ、20代のときには父の夢を叶えるために監督主演した映画「長江」で28億円(金利含めて35億円)の負債を抱えたり、出す曲出す曲がいわれのないバッシングを受けたりと、これまで大きな挫折や試練を味わってきた苦労人です。そんな彼が歌詞のひと言一言にこだわり悩みぬいて作り上げるのは、人の縁や言葉の大切さを分かっているからこそでしょう。彼の歌には、つい自分自身を重ね合わせてしまうような物語が見え隠れして、じ~んと胸に響くんですね。こうして人への強いを思い遣りを見せるさださんですが、原点は中学2年生の時に大学生のお兄さんから受けた温かい思い遣り「23時間57分のぬくもり」であったというのが、私の推察です。⇒私の紹介記事はコチラで

 あ、そうそう、2001年、暴行殺人事件を起こした主犯格の少年2人への判決公判で、裁判官が、交通死亡事故を起こした優しい男「ゆうちゃん」の償いの日々を描いた、さださんの「償い」の歌詞を引用して説諭したことが話題となったことがありましたね。⇒この判決について私のレポートはコチラです   真の反省の色の見えない被告の少年2人に対して、判決後に、裁判長は「唐突だが、さだまさしの「償い」という歌を聴いたことがあるだろうか」と切り出し、うつむいたままの2人に「この歌のせめて歌詞だけでも読めば、なぜ君らの反省の弁が人の心を打たないか分かるだろう」と少年たちの心に強く訴えかけたのです。この歌、私は聴く度に涙が止まりません。さださんの思い、言葉は、私たちの心を揺さぶり続けるんです。❤❤❤

 

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