「トレインミッション」

 英国俳優・ニーアム・リーセン(65歳)が主演した前作の『フライトゲーム』(1万メートル上空の旅客機を舞台にして航空保安官と殺人犯の頭脳戦)があまりに面白かったので、3月30日に封切りのサスペンス映画『トレインミッション』(原題The Commuter)「T-ジョイ出雲」に電車に乗って観に行ってきました。原題通りの「通勤客」では、チョット映画のタイトルとしては冴えませんから、上手に邦題をつけましたね。2年前に『グランドイリュージョン~見破られたトリック』を見に来たときに利用して便利だった、出雲市駅からの「市内循環線バス」はすでに廃止になっており(今日まで知りませんでした)、タクシーで目的地まで。島根県でこの映画を上映してくれるのが唯一出雲だったものですから。前回同様入り口が閉まっており、どうしようと慌てふためきましたが、朝8時半に入り口の自動ドアが開いて事なきを得ました。初日封切り、しかも最初の上映(9:05~)ということで、行列ができるかなと内心心配していたんですが、フタを開けてみたら観客はたった7人で、ガラガラの中で見てきました(笑)。あれだけテレビコマーシャルをしているのにね…。都会の映画館の入りはどうなんでしょうかね?失踪する列車内で展開するノンストップ・アクションです。映画のあらすじは次の通り。

 警察を辞め、10年間勤めてきた保険会社を、60歳で突如リストラされたマイケル・マコーリー。その事実を妻に伝えることもできず、グランド・セントラル駅からいつもの通勤電車で帰路につきます。常連客たちに挨拶しながらも、貯金もなく、頭の中は残された住宅ローンと、息子の大学の学費のことでいっぱいだ。そんな彼の座席の前に見知らぬ女が座り、「もし私が、ちょっとした頼み事をしたら?」と仮定のの質問を投げかけてきます。「この電車の2号車のトイレに前金25,000ドルが隠してある。乗客の中から、今から話すある重要な荷物を持った人物を捜して見つけてくれたら、さらに追加で75,000ドル払う(計10万ドル)」と持ちかける。ヒントは3つ。「その人はこの通勤電車の常連客ではなく、終着駅コールド・スプリングで降りる、通称“プリン”と名乗る乗客で大きなカバンを持っている。見つけられなければあなたの家族が…」。トイレの通気孔で発見した高額な報酬に抗えず、元警官の経験を生かし捜し始めるが(100人の中からたった1人)、次から次へと襲いくる罠(1人ずつ殺されていきます)、深まる謎、さらには、妻と息子が人質に取られたことを知る。あいつか?こいつか?と血眼になって列車の中を行ったり来たり、危ない目つきで赤の他人を凝視します。電車内には見張りがおり、電話がかかってきては脅しにかけられます。やがて、「プリン」が国家をも揺るがす重大事件の目撃者であることを突き止め、ようやく6人にまで絞り込んだ時、巧妙に仕組まれていた恐るべき陰謀が明かされる。そしてエンディングに待ち受けている裏切りとは?

 面白かった。舞台はほぼ列車の中で、動く密室です。迫り来る時間との闘いとか、ハイテンションの連続とか、目を奪う展開など、興味は尽きません。大筋は『フライトゲーム』と同じ展開です。心を動かされた点をまとめておきます。ちなみに、最後のどんでん返しの真犯人は予想通りでした。だてに何十年も推理小説を読み続けているわけではないんです(笑)。国家権力や社会の強大な組織が一番のワルというのは、アメリカ映画ではよくある図式ですね。

(1)映画の冒頭、営業マンとして長年勤めた保険会社を解雇されるシーン。残されたローン、息子の私立名門大学進学費用のことで頭がいっぱいになっている主人公に冷たく投げかけられる上司の解雇の言葉。いたたまれなくなる哀愁漂う主人公をニーセンは熱演していました。どこにでもいそうなうだつの上がらない中堅サラリーマンのいい味を出していましたね。経済格差の中で終身雇用はなく、先行きの見えない社会不安の中に生きるアメリカ人社会の縮図にもなっています

 「マイケルは、自分が正しいと思うことをしようとする男だ。だからこそ道徳的なジレンマに苦しめられてしまう。お金が必要な時に、見知らぬ人から自分にとっては些細なことを頼まれて、大きな報酬があったとしたらどうするだろう? 多くの人と同じように、マイケルはそのお金を手にしてしまう。間違った判断だけれども、彼はそれによって起きた結果を引き受けて、それから起こることをちゃんと見通すんだ。それが映画として娯楽性のある形で楽しめればいいなと思うよ。悪魔と契約をしたとも言える行為の後だけれど、責任放棄はしない。そういう意味で、すごく道徳的な男だと思う」(ニーアム・リーソン談)

(2)列車内で展開するド迫力のアクション・シーンもハラハラドキドキでしたが、プリンを捜し出すためにどんどん追い込まれていく心理・葛藤をうまく描いていました。人間不信に陥りそうな心理状態の中で、必死に抵抗するニーセンの演技は見事でしたね。ただいくら日頃利用している通勤列車とはいえ、ニューヨークの満員電車の中で一人の目撃者を見つけ出すなんて設定は、ちょっと現実離れしているなとは思いましたが。日常どこにでもいるような人物が何かに巻き込まれていく、という手法はあの巨匠アルフレッド・ヒッチコックの得意とした手法です。「ダイ・ハード」「スピード」を思い出させますね。

(3)隣の車両であれだけの殴り合いの喧嘩をしていて、他の乗客が知らん顔というのもチョットあり得ないかなと感じました。最後のクライマックスで列車が猛スピードで脱線するんですが、あれだけの大事故で負傷者ほぼなし(!)というのが信じられませんね。そもそもあれだけのド迫力の脱線シーンをどうやって撮影したのかが知りたく思いました。CG?

(4)最後のシーンで、「プリンはどいつだ?」と犯人が迫る中、「それは私です」「私です」「私がプリンです」とみんなでかばい合うシーンは心を打ちました。人の優しさを垣間見た思いです。

(5)エンドロールに流れてくるピアノの調べがとても美しくて、映画は終わっていたんですが、明かりがつくまで、ずーっと座席に座って旋律に酔いしれて聞いていました。音楽を聞きながら、スクリーンに映し出されれる「路線図」がオシャレだなと感じました。

 「世の中を反映しているような、ただの娯楽を超越した何かがあるものにひかれるようになってきたよ。もちろん楽しいだけの映画もいいけれど、映画は時に心の肥やしになってくれたり、人生で合点がいかないことを説明してくれたりする。“人間であること”は、非常に普遍的で複雑で魅力的なテーマで、いつだって素晴らしい。特にワールドシネマでそういうテーマが掘り下げられることが多いと思う。だからこそ、映画祭が重要な意味を持っているんだ。アフガニスタンや日本、中国、アメリカなど様々な人々のビジョンを世界と分かち合える機会だからね。映画は、人間であるとはどういうことなのかを掘り下げられる、素晴らしいメディアなんだよ……って、ちょっと良いこと言っちゃったな(笑)」(ニーアム・リーソン談)

 主演のニーアム・リーセンは、この映画に関してこんなことを言っていました。「今作は何度もタッグを組んでいるジャウマ・コレット=サラ監督とだったから、互いに100%の信頼を置いて仕事が出来た」 「監督は今作を “これはフライト・ゲームの心の続編だ” と言っていたよ」 「映画で使用されている電車はNYで自分も何度も乗ったことがある。でも撮影はロンドンだったから変な感じがしたよ」 「7両編成という設定だけれど、実際には1両半しか作っていないんだ。毎日セットをつくるスタッフも大変だったと思う」 「怖いものは高いところ。いじめっ子も嫌い…でも怖くはないかな。今はこれしか思いつかないけれど、きっとここを出たらたくさん思いつくだろう(笑)」(20年くらい前の撮影でヘリにぶら下がった時の恐怖がトラウマとなっている) 「日本人は本当に礼儀正しいところが素晴らしい、これは欧米人も見習うべきところ」「膝が持つ限りはアクション映画も頑張るよ(笑)」

 13年ぶりに来日したリーセンは、アクション映画に登場する銃撃の場面に関しては、こんなことも言っています。「最近も乱射事件が絶えない。若い人たちが銃規制に声を上げるのはとてもいいことだ。数日前の話だけど、その作品の銃の使い方に疑問を持って出演を辞退したばかりなんだ。アクション映画に銃は欠かせないけれど、撃つにはやむにやまれない状況がなければいけないと思っている」 なるほど、アメリカ銃社会の問題も提起しているんですね。♠♠♠

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