広島「原爆の日」

 広島の8月6日(月)は、73回目の「原爆の日」でした。「広島平和記念公園」では、平和記念式典が開かれ、85カ国の代表が参列して平和を祈念しました。73年前、真夏の太陽が照りつける中午前8時15分、目もくらむ閃光、摂氏百万度を超える火の玉から放たれた強烈な放射線と熱線、そして猛烈な爆風が、街を一瞬にして破壊し十数万ともいわれる貴い命が奪われました。私は、広島に出かけると必ず「原爆慰霊碑」の前に立ち、手を合わせています。「原爆ドーム」の前に立ち、当時の悲惨さを想像します。新しく出来た「おりづるタワー」から見た上空からの「原爆ドーム」は、また格段に核兵器のない平和への想いを想起させます。⇒コチラです


 「平和公園」を歩きながら、平和の尊さ、お亡くなりになった人々に思いを馳せます。歌手のさだまさしさんは、8月6日の広島原爆投下の日に、同じ被爆地である長崎の空から歌うことによって、声高に「平和」を叫ぶことなく、集まった人々の心の中にある平和への想いを再確認する場にして欲しい、と1987年に始めたのが「夏・長崎から」でした。彼は意識して「平和コンサート」という表現を避けて、「夏・長崎から」という名前にこだわりました。彼はステージから呼びかけます。「このコンサートが終わるまでの間に、ほんの僅かな時間でよいから、あなたの一番大切な人の笑顔を思い浮かべて欲しい。そうしてその笑顔を護るために自分に何ができるだろうか、ということを考えて欲しい。実はそれが平和へのあなた自身の第一歩なのです。」 それを入場料無料で始めたのです(当時彼は莫大な借金返済に苦しんでいました)。それは、広島原爆忌の晩に長崎で歌うという「平和を願う場所」は誰でも来られる場所であるべきだ、という彼の切なる思いです。仮に1000円でも入場料をとってしまえば、子どもや老人は留守番になる可能性があります。夕涼みがてらにみんなでやって来て音楽を聴く、これが「平和」の姿の一つであるという強い思いです。たくさんの人に支えられ20年も続きました。そういえば、やはりさださんが8年を要してグラバー邸下に建てた「ナガサキピースミュージアム」(名誉館長 原田泰治)で、空高くそびえ立つ五線譜のモニュメントも、平和が無くなるとまず音楽から壊される、という思いからでした。8月6日、人それぞれに平和を思う1日でした。

 

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