副島隆彦なる人物

 副島隆彦(そえじまたかひこ)なる人物が、この度『傷だらけの人生~ダマされないで生き延びる知恵』(ベスト新書、9月)という本を出しました。今の若い英語の先生たちは知らない人も多いと思いますが、彼は代々木ゼミナール講師時代に「宝島事件」と世に呼ばれる「大騒動」を起こして、その後大学教授に転じた人物です。当時は、英語教育界で大騒ぎに発展しました。

 平成元年(1989年)10月26日付けの『朝日新聞』朝刊に、「日本でいちばん売れている英和辞典はダメ辞典だ!」という極めて挑発的な文言と共に、副島隆彦&Dictionary-Busters著『欠陥英和辞典の研究』(JICC出版局)の大々的な宣伝が掲載されました。対象となった辞典は、研究社発刊の『新英和中辞典』(1985年、第5版)『ライトハウス英和辞典』(1984年、初版)の2冊でした。新聞広告では、研究社の辞書2冊の外箱が、ビリビリに破られ、押し潰されて、両辞典から引き裂かれた何十頁分もの頁と共に、まるでゴミ屑のように打ち捨てられた衝撃的なものでした(上写真左)。私の母はこの広告を見た途端に卒倒しました。可愛い子供(私!)が全精力を傾注して長年取り組んで、その苦労を目の当たりに見てきた作品を、このように罵倒されたのですから無理もありません。副島氏はさらに、『英和辞書大論争!』(別冊「宝島」113号;1990年6月)を出版し、こんどの表紙には、「タダの予備校講師・副島隆彦が天下の研究社をノックアウト!『欠陥英和辞典の研究』の批判に耐えきれず、研究社は卑怯にも裁判所へ駆け込んだ。あれからいったいどうなった?と思っているあなたへ」という、再び過激で挑発的な字句が並んでおり、研究社の2辞典の写真には、今回はしめ縄まで張ってある〔笑〕という異常なものでした(上写真右)。

 2著とも私たち編著者を「バカ、アホ、マヌケ」「恥も外聞のないマヌケ集団」呼ばわりして、読むに耐えない極めて不快な文章でした。もちろん辞典には完全なものはありません。私たちの『ライトハウス英和』にも誤り、不適切な項目も中には含まれているのも事実です。しかしそれを建設的、共栄的に指摘して少しでも良いものにしていこうという姿勢の批判なら喜んで耳を傾けるのですが(いい指摘もあった)、そうではありません。面白オカシク揚げ足を取って、一方的に見下してこき下ろすというものでした。その人間性・言葉遣いには不快感しか感じませんでした。さらに、見当違いの誤り・批判も数多く含まれており、ちゃんとした専門家が見れば、彼の破壊的な姿勢には大きな誤りが含まれていることは自明でありました(例えば山岸勝榮教授は、いち早くその点を正していただきました)。しかしながら、信念・良心のかけらもないマスコミは、この話題にすぐ飛びつき、彼を持ち上げ、はやし立て、面白オカシクねつ造報道を繰り返したのでありました。

 研究社は当然のことながら、すみやかに「名誉毀損、悪質な営業妨害」として、著者の副島隆彦氏と出版元の宝島社を東京地裁に提訴しました。私も詳細に彼の多数の誤謬・謬見を分析して資料を提出したものです。それから長い年月を経た1996年(平成8年)2月28日に、東京高裁の控訴審判決が下りて、「権威への挑戦として許される過激さ、誇張の域を越え、公正な論評としての域を逸脱するもの」と述べ、名誉毀損に当たるとして、『欠陥英和辞典の研究』の出版元である宝島社に400万円の支払いを命じました。宝島社らは高裁判決については上告せず、判決が確定したのでした。これが「宝島事件」の全容です。残念ながら、あれだけ面白オカシクちゃかしてねつ造報道を繰り返した新聞・週刊誌は、この結末をきちんと報道することはありませんでした。謝罪もありません。マスコミの姿勢とはこんなものか、信念のかけらもないのかと憤慨したのを覚えています。学問の世界は「言ったもん勝ち」にしてはなりません。判決文を挙げておきます。

 学術上の論争と言えども相当の節度及び公正さが要求されることは論を待たない。(中略)特に辞書においては本両辞典(ライトハウス英和と英和中辞典の2冊を指す)を含めて、通常の場合相当の業績を有する学者が編者となり、多数の執筆者及び校閲者が関与し、何万語の見出し語とそれに対する語義、用法指示、例文など、他の辞書や文献等を参照しながら選別記述した学術的労作である。このような対象を批判するにあたってはその表現方法や表現内容についてもそれなりの節度を要求してしかるべきである。以上のような諸事情を総合考慮すると、編集方針など批判する右部分における本主張の記載は、権威の批判の挑戦として許される過激さ、誇張の域をはるかに超え、前提として指摘する事実の一部に真実であると認められるものはあっても、全体として公正な論評としての域を逸脱するものであると言わざるを得ない。

 その副島氏は、その後経済学の大学教授とやらに転身し(!)、相変わらずマスコミ受けする言動や著書で世間を賑わせているようでした。私は、以来一切この人の著書に関わることはありませんでした。最近、その彼が初めて書いた「実用書」として、今井書店に並んでいましたので、思わず手に取って買ってしまいました。タイトルから、もしかしたらあの時の事に言及・反省の弁を述べているかもしれないと思ったからでした。私は、何か偉い先生が、高みに立って、偉そうに「拙者が皆の衆に教えて進ぜよう」という本はもう書きたくない、と思うようになった。今は、「上から目線で何か言う」のが、一番嫌われる時代だ。もうひとつ、「お前が、それを言うな」、「お前にだけは、言われたくない」というコトバがあって国民によく使われている。私はこのことを察知して知っている。ということは、私のような爺が、上から目線で、偉そうなことを書いてはいけない、となる。それで、私はハタと困った。それなのに、自分から言い出して、この新書を丸々一冊、実用書を書かなければいけない。しかも、これまでに私が書いてきたものとは違う、何か新しいことを書かなければいけない。私は、この3ヶ月間、七転八倒して苦しんだ。そして出来たのが、この本だ。私はもう、ムズかしいことを書きたくない。威張りたくないんだ。偉そうなことは書きたくないんだ、もう、そんなのには飽きたんだ、とブツブツ言いながら、書いたのがこの本だ。脱「威張りん坊」という新しいアイデアでやってみた本である。」と「あとがき」に書きながら、相変わらずあの時のままのいやらしさでした。世の中は自分を中心に回っていて、他の人間は全部クズである、という魂胆が見え見えです。人間は変わらないんですね。銀行員時代や大学教授時代に嫌がらせを受けた「傷」はいやというほど書いてありましたが、あの予備校時代の「傷」には一切触れていませんでした(触れることが出来なかった?)。読みながらあの当時の不快感が蘇ってきました。

 そうそう、この本の中には、彼が信条として大切にしているという言葉・原理が紹介されていました。それは「いいことは悪いことだ。悪いことはいいことだ」「良いことが悪いことで、悪いことのほうが良いことだ」(pp.122-123)というものです。宝島事件」を思い起こしてこの言葉と照らし合わせてみると、いかに皮肉なことかがわかります。私自身は、「良いものは良い、悪いものは悪い」「ダメなものはダメ」という信念の持ち主ですから、両者が相容れないのは当然のことでしょう。♠♠♠

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