牢働、労働、朗働?

 政府が最近発表した「過労死等防止対策白書」の中で、全国の小・中・高などの教職員を対象とした調査(約3万5000人が回答)によれば、「業務でストレスや悩みがある」と答えた人が80.7%に上がったそうです。悩みの内容は、「長時間勤務の多さ」(40%)⇒「保護者・PTAへの対応」(38%)⇒「部活動の指導」(15%)

 仕事には、牢働」「労働」「朗働」(ロウドウ)の三つがあると言います。「牢働」とは、牢獄の中で手足をつながれ、ムチで容赦なく叩かれながら嫌々酷使されることです〔笑〕。辛くて苦しいばかりの毎日です。これに対して「労働」は、苦役と言うほどではないけれども、やっていて楽しい、ワクワクするわけでもありません。普通の「労働」です。この二つの他に、「朗働」という働き方があります。社員が仕事に面白さや遊びを実感して、朗らかな気持ちで毎日仕事に励んでいるのです。そこには「ワクワク感」が存在していますね。さて、みなさんの仕事はどれに相当しますか?地獄のような「牢働」ですか。それとも毎日が楽しくて楽しくてしょうがない「朗働」ですか?何の変哲もない淡々とした「労働」でしょうか?

 そもそも人はどんなときに仕事が楽しいと喜びを感じるのでしょうか?それは、仕事を通じて自分を磨き、高められるという期待・実感が抱けるとき。会社が成長し、それに呼応して自分の給料も上がっていく。自分のやったことで、周りの人も喜んでくれ、知名度も上がり、家族も喜びを感じる。人生の目標が自分自身にはっきりと見え、仕事を通じて、誇りや、感謝の気持ちが芽生えた時。こうした物心両面の「得」があって初めて、その社員にとって毎日の仕事が「朗働」となります。リーダーは、社員にこうした「朗働」の場と機会を提供することこそが、仕事となります。では、「牢働」「労働」「朗働」に変えるためには何が必要でしょうか?次のような条件が満たされないと、うまくいかないでしょうね。

①職場を好きになる。 ②上司や同僚や部下に好意を持つ ③仕事の価値を認める ④仕事に改善と変化を求める ⑤人から感謝される ⑥何よりも自分が健康である

 私が現役教師だった頃の松江北高は、島根県一勤務がきつい学校で(北高から転勤することを「脱北」などと揶揄されることもありましたっけ)、毎日夜遅くまで残り、それこそ「判定会議」「作問会議」は日をまたぐことは度々でしたが、これで生徒の進路が保証され、力がついていくという展望が得られたので、やり甲斐があり自分でも成長を実感でき、決して嫌だと思うことはありませんでした。上の①~⑥が満たされていたのです。過酷な勤務時間でも「朗働」だったのです。「働き方改革」など無用でした。

 若い頃に、故・竹内 均先生から、自己実現の究極の仕事選択はね、自分の好きなことをやり、②それで充分に食べることができ、③のみならずそれが他人のために役立ち、また他人からも評価される、そんな職業に就くことが最高だね、と教えてもらいました。竹内先生は、東京大学名誉教授、科学雑誌『ニュートン』の創刊(編集長)、代々木ゼミナール札幌校の校長、メガネの三城のCM出演、そのかたわらに全国各地を講演で飛び回り、かつ500冊に近い著書の数々を書かれたとんでもない学者で、まさに「朗働」を絵に描いたような先生でした。好きなことであれば、どんな苦労でもいとわずに努力する情熱を持つことができます。もし仮にそれが駄目になったとしても「好きなことをやってきたのだから」とあきらめもつきます。「好きこそものの上手なれ」と言うように、好きな道なればこそ、完成度の高い仕事ができる場合も多いでしょう。小学生3年生の頃から教師になりたかった私は、まさに最高の職業に就き、毎日教えることが楽しくて楽しくてたまらない、まさに「朗働」の日々を送ることが出来ました。支えて下さった沢山の方々、そして何よりも私の授業を受け続けてくれた生徒のみなさんに感謝したいと思います。❤❤❤

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