西村京太郎先生の素顔

 去る9月6日で、米寿を迎えられた西村京太郎先生(88歳)の著書が、毎月2~3冊出版されます。書き下ろしの新刊が月に1冊、そして以前に刊行された作品が文庫化されて数点。その全てを私は購入して、しっかりと読ませていただいています。先生の目標である635冊(634mの東京スカイツリー」を1つだけ超える)も夢ではありませんね。⇒私の先生へのインタビューはコチラです  次から次へと新しいプロットで、斬新な作品が湧き出てきます。先生の頭の中はいったいどうなっているんでしょうね?!緻密な考証に基づいた面白い作品ばかりで、私は毎夜癒やされています。私の手元には、先生の来年2019年5月までの新刊出版計画があります。ほぼ毎月新刊が1冊、来年の1月には2冊、それに再刊の文庫本等が加わるのですから、熱狂的な西村ファンには堪りません。このペースで行けば、2020年には目標達成となりそうですね。

 もうお亡くなりになったミステリー作家の山村美紗(やまむらみさ)さんが、西村京太郎先生の、『イブが死んだ日』(集英社文庫)「解説」の中に、先生のお人柄を書いておられます。身近にいて、西村先生と最も親しかった人の観察だけに、非常に説得力がありますね。お二人が知り合いになられたのは、山村美紗さんがまだ中学教師の頃に出した、一通のファンレターがきっかけでした。山村さんがハガキに「夏休みを利用して北海道を一人でドライブします」と書いたところ、まだ当時暇で売れていなかった西村先生が女子大生だと勘違いし、山村さんの住む京都まで自ら会いに出向いた事が発端となり、二人の交友が始まったことは有名な話です。後に山村さんは西村先生と共同で、かつて旅館であった建物を住居として購入しておられます。⇒私の解説はコチラです

▲2016年7月に湯河原に西村先生をお訪ねしインタビューしました

 西村先生が、昭和38年に『歪んだ朝』「オール讀物」新人賞を、昭和40年に『天使の傷痕』江戸川乱歩賞を受賞されたとき、山村さんは西村先生のことを「社会派的な作風で、弱い者や恵まれない人に、いたわりのあるやさしい人なんだと思ったし、当選されるだけあって、しっかりした文章で書いてあると思ったが、それだけだった」と書いておられます。それが昭和41年の『D機関情報』を読んで、「えっ、こんなにうまい人なの!」と驚かれたと言います「次は、どうなるのだろう、その次は?と息つく暇もなく読ませる魅力を持っていた。人間が書けているというのはこういうことをいうのかと思った」と。山村さんは、以前株の売買をしていたので、作家でも、歌手でも、すぐに株に喩えるクセがある人なんですが、西村先生については「買い」だと思ったそうです。

 西村先生は、一言でいうと「いかにも男らしい人」だそうです。殺人的な忙しさで物理的に不可能と思える時でも、原稿を黙々とこなし、出来ないとか、断るとかの弱音は絶対に吐かない人です。そんな忙しい時でも、山村さんが飲みに誘うと、ニコニコして出てこられます。山村さんとは対照的に、西村先生は実におだやかな人で、怒った顔を見たことがないといいます。一度だけ、よほど腹が立った時に、上まぶたの中央が上にあがり、目が三角形になることを発見しますが、それもすぐに戻って、平静な顔になりました。よほど注意して見ていないと見過ごしてしまうほどの、かすかな変化だそうです。グチも言わなければ、人の悪口も言わない人です。かといって、あまり人のことや物事に無関心な人だと思ったら大間違いで、人の話や動作を実に注意深く観察していて、作品の中にちゃんと生かしておられるので、ドキッとしたり、怖くなることがあるといいます。西村先生の作品中に出てくる、気の強い女は、どうやら山村さんがモデルのようで、反省させられたこともあると言われます〔笑〕。昔から東西の映画はほとんど見ておられるし、外国・日本のめぼしい小説は全部読んでおられるので博学多識の人です。最初の作品で感じた通り、人に対してだけでなく、飼い猫に対してもやさしい人でした。あるとき、猫が食卓の上にのぼって西村先生の作った食事を食べ出します。山村さんが驚いて追い払おうとしたら、西村先生は、いいんですよと言ってニコニコしておられたといいます。あるとき、山村さんの家に西村先生から電話がかかってきます。風邪で、熱が出ているので、時々、電話をかけてくれませんか?一人暮らしなので、死んでしまっているかもしれないので」山村さんが驚いて、医者を連れてすぐに行きましょうかと言うと、疲れが主なので、じっと寝ていれば直るから電話だけかけてくださいと言い張られました。何度か電話をかけますが、そのうちにいくら鳴っても電話に出られなくなりました。これは大変と、顔をひきつらせて駆けつけると、這うようにして西村先生が外から帰ってこられます。猫のえさが切れたので、買いに行っていた」と。呆れるやら、感動するやらで、西村先生の顔を見つめるばかりだった、と回想しておられました。

 今度は逆に、山村美紗さんが亡くなられた(1996年)後には、西村先生が、山村さんの自伝的小説を2冊出しておられます。女流作家』(朝日新聞社、2000年)『華の棺』(朝日新聞社、2006年)の2冊がそれです(下写真参照)。これが当時の山村さんと西村先生を囲む環境を知るのに貴重な資料で、とっても面白いんですよ。❤❤❤

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