あの野村さんもクビ宣告!

 私は、野村克也(のむらかつや)さんが大好きで、出版される本は全部読んでいます。野村さんのおっしゃることは、野球の話なんですが、教育現場・社会にもそのまま当てはまる原理・原則を教えて下さるので、勉強になるんです。80歳を過ぎても、あれだけたくさんの著書が出続けるのは、私のような人間がたくさんいることの証明でしょう。あれだけの大成功を収めた人でも、度重なる試練に直面しそれを乗り越えてきておられます。やはり私の大好きな推理作家西村京太郎先生も世に出るまでには、二十年以上の苦節時代を送っておられることを最近詳しく紹介しました。⇒コチラです 熱狂的なファンであるあの小田和正さんも、オフコースで認められるまでに10年かかっておられます。1回や2回の失敗であきらめてしまわずに、「成功するまでやり続ける」ことが大切だよと、教室で若い生徒たちに話しています。

 さて元の野村克也さんの話に戻ります。現役生活26年、その間歴代2位の通算657本塁打、戦後初の三冠王、MVP5回、首位打者1回、本塁打王9回、打点王7回などタイトルを多数獲得。監督業16年(延べ4球団)、野球評論家として20年超。これだけの大スターでも、峰山高校を卒業して(今の京丹後市)、南海のテスト生としてキャッチャーで入団しました。19歳のプロ1年目は、9試合に出場して11打席ノーヒットで5三振と、ひどい成績でした。2年目の契約更改の時に、球団に呼ばれて「お前には素質がない」と、クビを宣告されます。夢を持って田舎から出てきて、何もせずに帰るのかと思ったら悔し涙がこぼれました。ショックです。気がついたらこう口走っていました。「帰りに親会社の南海電鉄の電車に飛び込んで、自殺します!」 球団の人もここまで言われては困ってしまいます。「仕方ない。もう一年だけ面倒みたる」と言われて、なんとかクビにならずに踏みとどまることができました。

 一度クビを宣告された男だから、後は開き直るしかありません。先輩や敵チームの選手も含めて、打撃から守備までコツを聞きまくりました。チームのみんなが遊びに出かける夜も、一人だけ寮に居残り素振りを続けて、毎晩一升瓶に砂を詰めて筋トレに励みます。ガムシャラに野球に打ち込む姿を、監督が目に留めてくれたことがキッカケで、才能が開花しました。以降、一心不乱に猛練習を繰り返すことで、あの大記録につながっていったのです。

 教訓です。英語の勉強だろうと何だろうと、途中で投げ出さずに、「成功するまでやり続ける」、コレに尽きます。❤❤❤

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