西村京太郎先生の文体

 昨年の3月にお亡くなりになったミステリー作家・内田康夫(うちだやすお)さんと、西村京太郎先生の珍しい対談が、郷原 宏(編)『西村京太郎読本』(KSS出版、1998年)の中に収録されています。そこでは、内田先生が、西村京太郎先生の人気の秘密を分析しておられて、興味深く読みました。売れっ子作家が同業作家の文体を細かく分析するという、なんとも羨ましい企画でした。残念ながらこの本はもう絶版で、手に入りません。欲しい方は、古書店をあたるしかないでしょうね。なぜ突然売れるようになったか」など、西村ファンには堪らないエピソードがいっぱい出てきます。時には、作家は正義感を無くすと書けない」という重い言葉も。

内田: でも西村さんの作品には、そういうものを超越した安定感がありますよ。西村さんの人気の秘密は、変な言い方ですが、際物的な面白さではなく、安心して読めるというところにあるんじゃないでしょうか。
西村: 懐かしのメロディだと言われたこともあります。
内田: 西村さんの文章は、切れ味が鋭いというか、センテンスが短くてグッグッといく読者はあれに惹かれるんじゃないかな
西村: 文章はだんだん短くなりますね。昔は一生懸命に詳しく書いていた。だけど、読者のことを全然考えていない。全部自分のために書いていた。読者が読みやすいように書こうとすると、どうしても短くなる。
内田: 句読点が多くなる
西村: おかしなもので、短くすると、どんどん短くなる。長くすると、どんどん長くなる。センテンスが短いのは、心臓が弱いからだと言われたことがあります。長い人は心臓の強い人だとか。

 西村京太郎先生の文体は、デビュー初期の頃はセンテンスが非常に長かったんですが、1970年代ぐらいから、文章がものすごく短くなっていき、読点が増えて、わずか2行の中に文が5つぐらいあるといった、他の作家にはあまり見られない書き方をされるようになりました。そこら辺の理由を、日垣 隆さんがインタビューで(日本一有名な作家直撃・西村京太郎さん公開インタビュー』(2016年6月改訂版、Kindle版)で尋ねておられます。

西村 自然に何かね、短くなっちゃんたんですよね。
日垣 短くするのは難しいですよね。末尾に「~である」というのが続いてしまったりしますからね。
西村: 1行のところに、「~だ」が三つあると時々言われますね。それから、漢字で書いてひらがなで書いたり。
日垣 50年作家を続けられていると先生の中で全部決めてあるのでしょうね。
西村: はじめは決めていましたね。でも面倒くさいから適当に読んでくれればと思っていますよ。大衆小説ですからね。それほど凝ってはいないのですよ。

 私がもう一つ付け加えるとするならば、西村先生の場面描写は、映画の影響を強く受けておられます。先生は戦後の一時期、失業中に、映画を一日に三本ぐらい見ていて、ストーリーもタイトルも忘れちゃうけれど、出だしと終わりのシーンだけははっきり覚えている。そういうのを引き出しにしているから、雑誌連載でも、ストーリーの始めと終わりは決まっている。書き出しと結末が決まっているだけで、あとは書いてみないと分からない「キセル作家」だと言われたことがあります。連載を頼まれても楽なんですよね。冒頭シーンの一回目は書けるし、最後は決まってるから。後はエピソードで埋めて、真ん中を作ればいいだけ。真ん中が空洞のキセルになってるから。冒頭シーンはすぐできる。あと結末も。真ん中がないのに最初と最後ができるから、「キセル作家」なんて呼ばれていたんです。ラストシーンと、十津川の決めの台詞は最初から決まっていて、最後に気取ったことを言って、消えていくんです。最初から最後まで、映画的な映像感覚で書いておられるんですね。

 以前、湯河原で、先生にインタビューをした際に、今の目標は、635冊の著書を書くこと、とおっしゃっておられました。やりとりを再録しておきます。

「先生の現在の目標としておられることは何でしょうか?」

西村先生: 今は575冊か。私ね、635冊書いたらスパッと書くのを辞めようと思っているの。  ―エーーッ、これは私には衝撃の告白でした

「えーっ?またどうして635冊なんですか?」

西村先生: 東京スカイツリーが「ムサシ」(634m)でしょ。だからそれよりも1つだけ高いところを狙っているの。でも、まだまだ時間がかかるね。

 現在の著書数が616冊(1月末現在)。目標の635冊までもう少しです。1ヶ月に1冊の新刊として、あと2年で達成という見込みですね。それにしても、ものすごい創作ペースです。そのときに先生は90歳になっておられます。❤❤❤

【今後刊行が予定されている西村作品】

2月8日  『十津川警部 金沢・絢爛たる殺人』(光文社文庫)[再文庫化]
2月14日 『出雲殺意の一畑電車』(祥伝社文庫)[再文庫化]
2月15日 『東京駅殺人事件』(講談社文庫)[再文庫化]
2月20日 『えちごトキめき鉄道殺人事件』(中央公論新社)[新刊617冊目]
2月22日 『姫路・新神戸 愛と野望の殺人』(中公文庫)[再文庫化]
2月28日 『琴電殺人事件』(新潮文庫)[初文庫化]
3月5日  『十津川警部 坂本龍馬と十津川郷士中井庄五郎』(集英社)
      [新刊618冊目]
3月8日  『十津川警部 日本周遊殺人事件<世界遺産編>』(徳間文庫)[初文庫化]
3月8日  『十津川警部 郷愁のミステリー・レイルロード』(トクマノベルズ)
      [新刊619冊目]

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西村京太郎先生の文体 への1件のフィードバック

  1. 菊池 孝人 より:

    アマゾンで中古本が入手可です。https://www.amazon.co.jp/%E8%A5%BF%E6%9D%91%E4%BA%AC%E5%A4%AA%E9%83%8E%E8%AA%AD%E6%9C%AC-%E9%83%B7%E5%8E%9F-%E5%AE%8F/dp/4877092951/ref=sr_1_fkmr0_1?s=books&ie=UTF8&qid=1550549652&sr=1-1-fkmr0&keywords=%E3%80%8E%E8%A5%BF%E6%9D%91%E4%BA%AC%E5%A4%AA%E9%83%8E%E8%AA%AD%E6%9C%AC%E3%80%8F%EF%BC%88%EF%BC%AB%EF%BC%B3%EF%BC%B3%E5%87%BA%E7%89%88%E3%80%81%EF%BC%91%EF%BC%99%EF%BC%99%EF%BC%98%E5%B9%B4%EF%BC%89

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