外山滋比古先生

 東大・京大で最も読まれたというベストセラー、外山滋比古(とやましげひこ)先生の『思考の整理学』(筑摩書房)以来、私は外山先生(95歳)の大ファンになって、全ての著作を読むようにしています。この本の冒頭のグライダー人間」「飛行機人間」の比喩は 、講演のネタにもよく使わせて頂いています。何よりも文章に味があって、こんな文章が書きたいものだ、と常日頃感じています。今、日本で一番エッセイが上手い人は、外山先生だ、と私は思っています。私が外山先生の名前を初めて聞いたのは、かつて「日本エッセイスト大賞」を受賞された愛読書、木村治美(きむらはるみ)先生の『黄昏のロンドンから』という本が、ロンドンから恩師の外山先生に宛てた書簡であったと聞いたときです。若い頃、木村先生の美しい文章を書き写しては、一生懸命真似る練習をしていたことがあります。以前、研究社から出ていた『英語青年』の編集を一人でなさっていたのも外山先生でした。

    その外山先生が、週刊誌の週刊ポスト』に、株や投資にまつわるご自分の経験談を書かれたところ、各所から批判が相次いだそうです。大学教授が若い頃から株などに手を出すとは何事か、というお叱りだったそうです。その現役投資家の外山先生が、『お金の整理学』(小学館新書、2018年12月)という新著を出されました。確かに、お金の話は下世話でやるもので、大学教授がお金の話などけしからんという風潮があるのでしょう。自分自身の経験を振り返っても、お金の話を高校・大学で聞いたことは一度もありません。私はお金儲けに全く興味はありませんが、老後の最低のお金だけは何とか確保したいと思っています。退職金を全額教え子の銀行員に預けて、運用してもらってもいますが、大赤字が続いています〔笑〕。お金で幸せは買えませんが、お金がないと困ったことになります。若い頃に読んだ本多静六先生(ほんだせいろく、東大農学部教授)も、自分のお金の話を、名著『私の財産告白』で公開されたときには、ずいぶん批判もあったと聞きます。同僚から疑われ、東大の教授たちが自宅にまで調査に押しかけてきた、と書いておられます。私は教え子たちに、お金に関して、二つの例を話しておいてあげることにしています。

 一つは、この本多静六博士の実践された、1/4貯金法。給料の1/4を最初からなかったものとして貯金に回すというものです。本多博士はそうして貯めたお金を、退職時には生活費だけを残して全て寄付をしておられます。そのお金で東京都の各公園が整備されました。国立公園の父」と呼ばれるのも、本多先生の寄付によって整備が勧められたからです。若い頃に、本多先生の生き方にいたく感動した私は、先生を見習って貯金をしてきました。これは実に有効でした。若い生徒諸君、若い先生方にもぜひ見習ってもらいたいと思い、紹介している次第です。

 もう一人は、松江北高出身の大先輩でもあり、日本マクドナルド社・社長だった藤田 田(ふじたでん)さんです。藤田さんは24歳の東大・法学部時代に、アクセサリーなどを輸入販売する「藤田商店」をスタート。月に5万円の貯金を始めることで、独立開業のリスクに備えました。次の10年は月10万円、以降は月15万円と、ずっと続けられたそうです。最終的にその預金がいくらになったと思います?貯金は複利で回り、1991年4月時点で「24億1157万6544円」に達しました。藤田さんは、人生が「努力×時間=巨大なエネルギー」という自身の哲学を、定期預金を通して証明されたわけです。通帳はなんと600冊にものぼったそうですよ。まさに「チリも積もれば山となる」ですね。私たちも見習いたい習慣ですね。この本多先生藤田さんの体験談は、これからの若い人たちにもずいぶん参考になるお話ではないでしょうか?

 私が尊敬している故・渡部昇一先生も、お金の大切さについて、インタビューで次のように述べておられました。

 だいたいお金=悪という浅薄な考えをお持ちの方は、然るべき富すら蓄えてない。財産は英語でgoods、ドイツ語で Guterと、どちらも良いの複数形で、お金自体が悪いわけはない。悪い使い方や儲け方があるだけです。僕の場合は専門の本が日本になく、全部自腹で買う必要があった。つまり知的自由を得るにもお金は大事で、特に親が子に孝道を期待できない今は余生の自由度も財産次第。goodsはますますgoodになると思う。

 外山先生の数々のエッセイから、私はいろんなことを学んで来ました。知識を溜めこむのではなく、断捨離して「思考すること」が大事なこと。社会で生きていくためには、ある程度の知識は必要だ。ただ、大は小を兼ねるから、知識はたくさんあったほうがいい、と考えがちになる。それらを借りてくれば、自分で考える必要はないから、手間も省けて便利だし、たくさんの知識を会得すれば、さらに多くのことを真似できる。しかし、知識を増やしているうちに、考える頭はどんどん縮小し、思考力はよけいに落ちる。これを外山先生は「知的メタボリック症候群」と呼んでおられます。そこから脱出するために必要なことは「よけいなものを忘れること」です。余計な知識は始末し、頭の中をいつもきれいに整理しておけば、思考力、創作力、想像力、判断力、洞察力など、あらゆる知的活動が活性化する。そのためにも、まずは「忘れる」ことが肝心だが、ただ忘れるのではなく、うまく忘れることが重要だと、先生はおっしゃいます。そのために睡眠や運動(身体を動かし、汗をかくこと)などを挙げておられます。特に睡眠は頭の中の清掃にとってもっとも有効だと述べ、夜更かしをしていては思考力の妨げになってしまうと言われます。「みんながやることをやっても、たいていおもしろくない。人のやらないことをやるのは、それだけでおもしろい」という持論のもと、その生き方は、面白くもあり、かっこいいと思います。私は、自分の頭で考えて、その変化にまきこまれることもなく、年をとることができた。自分で自分のことを考えたためである、と思っている」と外山先生は言われます。誰かの意見や批判に流されることなく生きるというのは難しい。自分の頭で考えて生きるためにも、知識ばかりを溜めこむのではなく、まずは、頭の中を整理することが必要なのでしょう

 外山先生の新刊、『最高の雑談術 乱談のセレンディピティ』(扶桑社文庫、2018年12月)も学ぶところの多い本でした。話すことは読むことより容易であるように考えるのも、教育の作り上げた迷信である、という点から出発しておられます。何でも話せるわけではないが、文章にするよりはるかに多くの深いことを伝えることができる。もちろん、愚にもつかぬ“おしゃべり”が多いけれども、本当の心は、文字ではなく、声のことばに現れる、ということを理解するのは、いわゆる教養以上の知性を必要とする。“目で考える”人間は孤独を好む。“ひとりで考える”ことは、主観的になりやすい。すぐれた知能は、視覚的思考によって育まれるより、聴覚的 思考力によって伸びると考えられる。ひとりではなく、仲間といっしょに、語らい合っているうちに発動する思考力というものをわれわれは、これまでほとんど問題にしたことがなかった。ひとりではなく、同志と、本を読むのではなく、談話によって、新しい文化を開発することができる。そういう信念をもとにして、クラブ的芸術、思考を模索していくと、乱談の思考、セレンディピティ(serendipity)に至るというのが本書の要点であったように思います。最近この「セレンディピティ」というのが流行語となっており、各所で目にするようになりました。ある目的に向かって、研究・実験が行われているがなかなか成果が上がらない、その途中で全く思いもかけなかった新しい知見が飛び出してくる。それが「セレンディピティ」です。

 そもそもserendipityという言葉は、イギリスの政治家・小説家のホレス・ウォルポールが1754年に生み出した造語です。ウォルポールがこの言葉を初めて用いたのは、友人に宛てた書簡において、自分がしたちょっとした発見について説明しているくだりにおいてであり、その書簡の原文も知られています。

この私の発見は、私に言わせればまさに「セレンディピティ」です。このセレンディピティという言葉は、とても表現力に満ちた言葉です。この言葉を理解していただくには、へたに語の定義などするよりも、その物語を引用したほうがずっとよいでしょう。かつて私は『セレンディップの3人の王子』という童話を読んだことがあるのですが、そのお話において、王子たちは旅の途中、いつも意外な出来事と遭遇し、彼らの聡明さによって、彼らがもともと探していなかった何かを発見するのです。たとえば、王子の一人は、自分が進んでいる道を少し前に片目のロバが歩いていたことを発見します。なぜ分かったかというと、道の左側の草だけが食べられていたためなのです。さあ、これで「セレンディピティ」がどのようなものか理解していただけたでしょう?

 年末には『忘れるが勝ち』(春陽堂書店)、年が明けてからは『惰性と思考』(扶桑社新書)を読み、先日今井書店センター店を覗いたら、書き下ろしの最新刊『伝達の整理学』(ちくま文庫、2019年)が入荷していました。いい文章に触れることこそが、いい文章を書く秘訣です。さらに、2月には『考える力 新しい自分を創る』(海流社)、3月には『考えるレッスン』(だいわ文庫)が出ました。95歳になる「知の巨人」、先生の知的生活を垣間見ることができ、とても有益でした。 ❤❤❤

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