辛島美登里『カーネーション』

 1989年のデビューから、「OLの代弁者」として一世を風靡した辛島美登里さん、もう30年になるんですね。今までの全シングル曲の中からセレクションした、アニバーサリー・ベストアルバム『Carnation』が発売になりました(2月27日)。透明な歌声と美しい旋律で幅広い支持を得ているシンガー・ソング・ライターの辛島美登里さんです。「デビュー30周年」を迎える2019年、シングル曲から厳選したベストアルバムで、代表曲はもちろん、新録音の「サイレントイブ」も収録。新曲の「カーネーション」もボーナスとして収録されています。全17曲のスペシャルなアニバーサリー・アルバムとなります。現在このベストアルバムと連動した全国ツアーも開催されます。私が買いに行った松江イオン「スタジオワンダー店」では、すでに売り切れの掲示が(私は予約していました)。私は彼女のアルバムは全部持っていますが、いつ聞いても歌がうまいですね。このアルバムにも入っていますが、「愛すること」などは、透明感のある鳥肌が立つような歌唱力です。下に彼女の弾き語り映像を貼り付けておきますから聞いてみてください。学生時代の辛島さんのエピソードを、このブログで取り上げたことがあります。⇒コチラです  私は若い頃から彼女の大ファンで、彼女についてはかなり追いかけて情報を集めています。米子でお会いしたこともあります。⇒コチラです 最近は『サンデー毎日』3月24日号で、作詞家の阿木燿子さんと対談しておられ、興味深く読みました。

 辛島さんは、本当はコンサートも苦手なタイプなんです。「歌うのは苦手なんですけどね」と照れ笑いします。コンサートの前には落ち込んで「もう駄目、もう無理。今から行ける海外はないか?」と思いながら、最後は覚悟を決めて行い、終わった後は「やって良かった」と思うような女性です。もともとはソングライター志望でした。「私、最初のスタートが曲を提供する側から始めたので、歌うということに、まだ覚悟が決まっていないんです。いまだに戸惑いというか、恥ずかしさというか、コンプレックスが抜けなくて。声も歌も」とおっしゃいます。お姉さんの影響でピアノを始めたのが5歳の時。奈良女子大学在学中の1983年、中島みゆき世良公則らを世に送り出したヤマハ音楽主催「ポピュラーソングコンテスト」(通称ポプコン)でグランプリを受賞したのが音楽活動のきっかけです。供の頃から曲を作るのが好きで、音楽のノートによく書いていました。仕事にできたのは本当にラッキーなことです。ただ、楽曲提供志望だったので、まさか自分で詞を書いて歌まで歌うとは考えていませんでした。人前で歌ったこともないのに弾き語りでコンテストを受けたのも、バンドを組んでいなくて、人に演奏してもらうことができなかったからなんです」「どうせ1回だけだし」という思いとは裏腹に、奈良大会から関西大会へと進み本選へ。本番当日は「歌い終わったところで感極まりました。荷物の後片付けをして、観客席に座っていたら、自分の名前が呼ばれて『えーっ!?』って」

 バブルの余韻が色濃く、トレンディー・ドラマも華やかだった頃、1990年、吉田栄作、仙道敦子主演のドラマ「クリスマス・イヴ」(TBS系)の主題歌「サイレント・イヴ」の歌声と切ない世界観は、ひときわ異彩を放っていました。「男性が『アッシーくん』とか『メッシーくん』と呼ばれて、女性へのプレゼントはティファニーのリングが定番という時代。ですが、私にとってはどれも現実味がないものばかりでした」主題歌のオファーが届いたとき、決まっていたのは「クリスマスが近づく中での恋愛話であるということと配役だけでした」という。脳裏に浮かんだのは、男性から指輪を贈られる女性ではありませんでした。「みんながみんな彼氏がいて、毎日にぎやかに暮らしているわけじゃないはずだと思ったんです。失恋したり、クリスマスを1人で過ごす人もいっぱいいる。そんな人たちに向けた曲がまったくなかったのがすごく嫌だったんです。私自身がそうだったので」恋人と決別する女性の姿を歌い上げたこの曲は大ヒットを記録し、冬の定番ソングとして定着。以降もカラオケブームの影響でノリのいい曲が重宝された音楽シーンにおいて、独自のラブバラードを模索し続け、いつしか“ラブソングの女王”と呼ばれました。今回の新アルバムでは、この曲の最新バージョン「サイレントナイト2019」が収録されています。これは辛島さんのピアノ弾き語りで一発録音されたものです。一曲一曲に彼女自身のライナー・ノーツが載っており、曲の背景がよく分かるようになっています。今回のアルバムはリリースした順にシングル曲を並べてあるので、「あの頃は私も粋がっていたな」とか思い出したりして、作っていて面白かった、と言います。最近の彼女は、富士山に登ったり、バレエをコンサートで披露するなど、新たな挑戦をしておられます。

 辛島さんは、中学から高校に上がる時に高校受験に失敗して、浪人した経験があります。彼女が生まれ育った鹿児島では、私立高校が少なくて、浪人して公立高校を受け直す生徒がたくさんいました。大学は名門の奈良女子大学。中学・高高と女子との付き合いが苦手だったがゆえに、その苦手意識を克服するために、あえて大学は逃げ場のない女子大を選びました。家を出て、最初の2年間は大学の寮です過ごしました。4人部屋で寮費は300円。学生はみんな質素な暮らしをしていました。寮の近くに「ポポロ」というパン屋さんがあって、サンドイッチに使えなかった食パンの端の硬い部分だけを30枚くらい集めて売っていたんです。それを買うのは1年生の役目、早く買わないと他の部屋の子に取られちゃいますから。部屋でパンの硬い部分をトーストにして食べていました。子供の頃は、料理を作ってくれた母に感謝の気持ちを述べたことはありませんでした。親元を離れて、それまで普通だと思っていたことが、どんなに貴重なことか、よく分かったと言います。私もよく生徒たちに、日頃から親には感謝の気持ちを伝えるように言っています。❤❤❤

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