「ドトール」で仕事

 世間では10連休でのんびりしている人が多いと思いますが、今年の私は、毎日「勝田ケ丘志学館」で特別授業をやっています。昨日は、「4月進研記述模試」を解いてもらいました。今日は、再来年から新しく始まる「共通テスト」の試行テスト(2018年11月実施)の問題を解いてもらいました。満点を取った人が2人いたので、さだまさしさんの「あ、さだ飴」(⇒この飴の詳しい解説はコチラです)をご褒美にあげておきました。

 電車で毎日米子に通っているんですが、少し早く家を出て、時間待ちの間を、松江駅の構内にある「ドトールコーヒー」で1時間ほど仕事をしています。これまでは、松江市・殿町の「珈琲館」が仕事場だったんですが、つぶれてしまい、今は「ドトール」が仕事場代わりになりました。美味しいコーヒーを飲みながら、今抱えている仕事の原稿の手直しを行っています。私はずっと昔から「ドトールコーヒー」のファンです。全国どこへ行っても「ドトールコーヒー」を見つけては入ってしまいます。初めて「ドトール」を知ったのは、もう何十年も前、東京・銀座の「伊東屋」の開店を待つ待ち時間に、裏手にあったお店を利用した時だったと思います(今はもうありません)。以前私は、ドトールコーヒー社長の鳥羽博道(とばひろみち)さんを取り上げて、「ドトール」の歴史について詳しく述べたことがあります。⇒コチラです

 「ドトール」は、鳥羽博道(とりばひろみち)前社長が、1962年24歳の春に起こした会社です。高校中退後、レストランやコーヒー豆焙煎卸営業会社での勤務を経て、ブラジルに単身渡航。十代の頃下宿していたサンパウロの「ドトール・ピント・フェイラス通り85番地」への思い入れから採られた会社の名前です。ドトールはポルトガル語で「医者」の意味で、ブラジルの医療に貢献したピント先生の功績を讃えてつけられたIMG_1368地名だそうです。資本金50万円、従業員2名、間口たった二間の事務所兼焙煎所兼倉庫で、焙煎機1台と中古の軽四輪車からのスタートでした。彼の理想は、19歳の時の思い「一杯のコーヒーを通じて安らぎと活力を提供することこそが喫茶業の使命」でした。「願いが正しければ、時至れば必ず成就する」という徳川家康の言葉、金の貧乏をしても心の貧乏するな」という父の言葉を座右の銘としながら、どれだけ苦労されたのかは、彼の『想うことが思うようになる努力』(プレジデント社)と、その改訂文庫版『ドトールコーヒー「勝つか死ぬか」の創業記』(日経ビジネス文庫)に詳しく出ています。やはりパナソニック創業者・松下幸之助さんの影響がここにも見られました。

 早朝の松江駅「ドトール」はいつも混み合っていますが、その割に静かで仕事がはかどるんです。毎日ここで、赤ペン片手に、原稿に朱を入れながら、どんどん完成に近づいている八幡でした。世間は連休なのにね…。❤❤❤

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