「両国駅」幻の3番ホーム

  ここ最近、メデイアで偶然に、「JR両国駅」幻の3番ホームに関するニュースを5本読みました。

(1)Tリーグ開幕戦の会場、「両国国技館」の最寄り駅「両国駅」で10月23日、記念イベントが行われた。日本ペイントの加藤美優(19)と琉球アスティーダの小沢吉大(24)がホームに特設された卓球台でプレー。加藤は「電車に乗る時しか使わない場所なので違う気分で楽しかったです」と初体験を振り返った。 週末に運行する特別列車以外では利用できない「幻の3番ホーム」での卓球には西山和弘駅長(57)も参戦。国技館での開幕戦から卓球の普及を狙う。

(2)「両国駅」3番線ホームが、10月14日の「鉄道の日」だけ、レゴ・シティ、レゴ・デュプロのトレインシリーズの世界観を体験できる「両国レゴ駅」としてオープンします。会場には日本唯一の「レゴ認定プロビルダー」である三井淳平さんの手がけた、壮大なジオラマが登場。レゴによる鉄道の世界が、幅約8メートル、奥行約1.5メートルの巨大なエリアに展開されます。

(3)昨年、両国駅の「幻の3番線」ホームで開催された「ギョーザステーション」が今年も帰ってきました(8月24日~9月5日)。前回は味の素冷凍食品の「ギョーザ」が発売45周年を迎えての特別企画として、今回は「ギョーザ」のリニューアルと、新製品「しょうがギョーザ」の発売を記念して13日間行われました。3番ホームにフライパンとコンロ、調味料が置かれたテーブルが並べられ、餃子を焼いて食べるイベントには鉄道&餃子ファンが数多く集まりました。

(4)1月17日から20日まで、「熱燗すてーしょんご当地おでん燗酒~両国駅で飲みましょう!」というイベントが、都内JR総武線両国駅3番ホームで行われました。この3番ホームは普段、臨時列車しか止まらず、“幻のホーム”と呼ばれる場所です。階段を上がってホームに入ると、そこには夢の世界が広がっていました。事前予約で購入した参加費2000円には、おでん1人前と日本酒チケット10枚、持ち帰りができるおちょこが付いています。おでんは、静岡風濃い口・名古屋風八丁味噌煮込み・鹿児島風甘口などの五種類から選べます。日本酒は全国燗酒コンテストで入賞したものが並び、宮城県や福岡県などから来た10蔵の蔵本さんが熱燗を注いでくれます。そして一番のお楽しみ!こたつが3台用意されたフォトスポットです。真冬に凍えるホームで、こたつに入って行き来する総武線の振動とガタンゴトンという音に包まれるのです。

(5)2019年2月8日、『プラレール60周年×JR東日本特別企画展 みんなあつまれ!一緒にあそぼう!「両国プラレール駅』の発表会が3番線ホームで開催されました。会場の3番線ホームでは、式典のためのプラレールのジオラマが設置され、「両国プラレール駅」の駅名標も設置されました。発表会にあわせて、3番線には幕張車両センター所属のE257形500番台が入線して、式典に華を添えました。これは東京から千葉・房総方面に走る特急用の車両なんですが、電車の正面の電光掲示部分には、3番線ホームがまだ現役で使用されていた頃に発着していた「急行」という文字が。現在では定期運行の急行列車は廃止されてしまったために、特別感が伝わる車両師でした。駅前の特設会場には、全長9メートルのガラスケースに260種類以上の列車が並ぶ車両基地がお目見えしています。高さ2メートル、31段のプラレールタワーのある巨大ジオラマも。4月7日まで開催しています。

 私が、この両国駅の幻の3番ホームに注目するようになったのは、大好きな西村京太郎先生『十津川警部 両国駅3番ホームの怪談』(講談社ノベルス、2018年10月刊)を読んだことが影響しています。こんなお話しでした。

 会社員の宮田は、普段は使われていないJR両国駅3番ホームで、深夜に二人の不審な人物を目撃する。翌日、3番ホームに入り込んだ宮田と恋人の千里はランの模様が入った指輪を拾うが、ある理由から指輪の複製を依頼した宝石店の店員が殺害された。そして優勝力士と両国から館山に向かう臨時特急に乗った千里が行方不明に。3番ホームでの怪異と指輪の謎に、十津川警部が迫る!

 両国といえば、国技館がある大相撲ゆかりの地として知られていますね。その「JR両国駅」に、普段は使われていない3番ホームがあることをご存じでしょうか? 現在、3番ホームへと続く通路は「両国ステーションギャラリー」となり、両国駅の歴史に関するパネルや写真が展示されています。その通路の30メートルほど先に、3番ホーム入り口があるのですが、普段は閉鎖され、何かの催しの時だけ、乗客に開放されるようになりました。会社員・宮田は幻のホームで、幻影を見たのか?それは過去の出来事と関わっているのか?作品の中では、大空襲の前日に両国駅3番ホームで発生した「悲劇」が、現在の事件と大きな関わりを秘めていることが分かります。読了後、思わず3番ホームを見に行きたくなる展開と、十津川警部の的確な捜査と名推理を楽しみました。

 ある鉄道雑誌には、「両国駅」について、次のように書かれている。
<両国駅は、1904年(明治37年)、私鉄の総武鉄道(現総武本線)の両国橋駅とし
て開業。1907年(明治40年)の国有化を経て、1929年(昭和4年)に現在の駅
舎が完成し、1931年(昭和6年)には、両国と改称された。
 両国駅は総武本線を通って、成田、銚子、房総方面などへの列車が頻繁に行き来する東
京の「東のターミナル」だった。地平ホーム(地下ではない)は、上野駅と同じ頭端式に
なった。夏のシーズンには、海水浴客のために、臨時列車が増発され、たくさんの列車が
ホームを埋めつくした。海水浴客を乗せて、次々に発車していった。
 ところが、1972年(昭和47年)7月、両国駅が、大きく変わることになった。
 総武本線が複々線化された時、東京―錦糸町間が地下にもぐり、両国駅を通らなくなっ
てしまったのである。一部の急行列車は両国駅の地平ホーム発着で残されたが、1982
年(昭和57年)に全廃されてしまった。それでも、東京駅の地下ホームが過密になった
ために、「すいごう」など特急6本が両国駅発着になったが、これも1988年(昭和6
3年)に、ほとんどが東京駅発着になってしまった。そのため、両国駅発着の列車は、特
急2本と、一日一往復の夕刊用の新聞輸送専用荷物列車と、臨時列車(例えば銚子行きの
「犬吠」など)のみとなり、この新聞輸送列車も2010年(平成22年)、廃止されて
しまった>  (pp.10-11)

 1907(明治37)年に、近くにかかる隅田川の橋の名前をとって「両国橋駅」として開業した「両国駅」。開業当初は千葉方面に向かう鉄道のターミナル駅で、列車はこの駅を始発・終着駅としていました。現在「両国国技館」「江戸東京博物館」になっている土地も、もともとは両国駅の貨物を取り扱う場所でした。昭和に入って、総武線が秋葉原方向に延伸して中央線とつながり、「両国駅」はターミナルから途中駅に格下げ。それでも特急や急行は「両国駅」を始発駅にしていましたが、JR東日本に移行したのちの1988(昭和63)年に、行き止まり式のホームを発着する定期旅客列車はなくなりました。現在「両国駅」に乗り入れるのは総武線各駅停車のみ。上り東京方面と下り千葉方面だけです。しかし1、2番ホームを降りると両国国技館方面に謎の3番ホームが存在します。1972年に東京駅の地下ホームが開業するまで、「両国駅」はターミナル駅の役割を担っていました。現在は2つまで減ったホームの数は20。房総方面の始発駅でした。それが「東京駅」にターミナル機能が移動し、縮小した結果残ったのが現在の3番ホーム。以来、唯一残った行き止まり式の3番線ホームは臨時列車を除いては列車が発着せず、普段は閉鎖された「幻のホーム」になったのです。❤❤❤

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