渡部昇一先生のエピソード(3)

◎喧嘩はしない?!

 子供の頃はよく喧嘩をします。渡部昇一先生も、幼少の頃は恐いもの知らずで、しょっちゅう喧嘩をやっておられました。ところが、小学校2年生か3年生の頃から、ピタッとやらなくなってしまいました。なぜか?眼鏡をかけ始めたことが理由です。先生は目が悪くて、眼鏡はその当時から非常に度の強いものでした。当時としてはとても高価なものだったので、へたに喧嘩でもして壊しでもしたら、両親に大変な負担をかけることになります。小学校4年生か5年生の時に、一度壊してしまったことがありました。その時はお米一斗と金10円取られたそうです。金10円はどのくらいかというと、役場に勤めていたお姉さんの月給が約25~26円でしたから、今のお金にすると7~8万円ぐらいでしょうか。相当高いものだと分かります。それに加えてお米が一斗です。戦時中で、お米がそう簡単には手には入らない時代ですから、一斗というと相当な負担です。それぐらいに眼鏡は高価なものでした。

 以来、親に迷惑をかけてはいけないと自分自身に言い聞かせて、危ないことにはなるべく近寄らないようにして、無茶な喧嘩はしないように、臆病なくらいに徹底しました。するとそれまでには気にも留めなかった自分の置かれている立場が、分かってきたと言います。先生には女の姉妹が2人とお兄さんがいましたが、お兄さんは死んでしまってもういません。自分が長男の立場にいるのです。自分が怪我をしたり死んだりすると、両親の面倒を見るものがいなくなる、ということにも気づきます。するとますます自分の行動に注意をして、臆病と言われようが何と言われようが、突拍子もないことなどできなくなるのでした。

 人生においては一人前になると同時に臆病になるという時期があります。子供の頃だと、勇気がある、勇敢だ、無茶なことをやる、というのは、自分の置かれている立場が分からないからこそできることです。渡部先生も物事が分かってくるにつれて、臆病になっていき、年と共にいろいろなことを反省して、自分の進むべき道や筋道を理性的に考えるようになっていったのです。猪突猛進や勇猛果敢だけが尊いことではないと気づき始めたんですね。いつまでも勇猛さを売りにしているのではなく、むしろ子どもの頃は臆病なくらいでいて、物心つく頃から、自分の修養によっって本物の勇気を持つような心構えでいることが重要だと、回想しておられました。❤❤❤

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