ハーリー・レイス逝く

 「ミスタープロレス」「ミスターNWA」と呼ばれた名レスラー、“美獣”ハーリー・レイスが、肺ガンによる合併症のために、8月1日に亡くなりました。76歳でした。3月に肺がんを告白し、先月にはイベント出席の移動中に病状が悪化して入院していたといいます。たたずまいや端正な顔立ちから、「美獣」というニックネームで呼ばれ(ハンサム・ハ-リーレイス)、強さと風格を持ち合わせ、日本のファンを熱狂させました。

 1960年代前半にプロレス入りし、ミズーリ州ヘビー級チャンピオンから、1973年5月に当時米国で最高権威であった「NWA世界ヘビー級王座」を獲得します(相手はドリー・ファンク・ジュニアでインディアン・デスロックによる決着)。そこから「全日本プロレス」を主戦場とし、ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、アブドーラ・ザ・ブッチャー、ミル・マスカラスらを挑戦者に迎え、防衛戦を行いました。1980年代初頭までNWAの象徴として存在感を示し、通算8度の戴冠で「ミスターNWA」と呼ばれました。2004年には、WWE殿堂入りを果たしています。まだ若手だった1968年2月に、「日本プロレス」に初来日したときが初の海外試合で、「本当に成長させてもらった。海外で試合したが、日本は特別で思い出深い。あれが分岐点」と特別の思いを語っていました。

 忘れられない試合があります。ジャイアント馬場さんが、ここ一番で出す必殺技ランニング・フライング・ネックブリーカー・ドロップで、ハーリー・レイスからNWA王座を奪取した後の防衛戦。押し気味に進めた馬場さんが、グロッギーでマット中央に横たわるハーリー・レイスを置いて、コーナーポストに上がり始めます。あの巨体の馬場さんがです。会場の観客からはどよめきが起こります。でもあの巨体、時間がかかります。なんとポストに上がった馬場さんは最上段から、リング中央に横たわるレイスめがけて巨体を宙に舞い飛ぶのです。フライング・ボディープレスですね。虫の息だったレイスも、時間がかかったために回復していました。薄目を開けて馬場んの動きを読むと、両膝を立てて馬場さんの巨体を迎撃します。もろに両膝に身体を打ち付けた馬場さんは悶絶。3カウントを聞きます(一度ベルトは取らせるが、リターンマッチで返してもらうという取り決めがあったことなど、当時の私が知る由もありません。めちゃ悔しかったのを覚えています)。私はその試合をテレビで見ていて、「普段やらないことをやってはいけない」という「教訓」にしたものです。馬場さんは二度もレイスからこのベルトを奪取しています。いかに馬場さんの力がNWA本部で大きかったかの証明ですね。レイスの得意技は「ダイビングヘッドパット」。コーナーポストから相手の体めがけてものすごい距離を飛んで仕留める危険な必殺技で、馬場さんやジャンボ鶴田も何度もフォールを奪われています。「ブレーンバスター」も美しい必殺技で、ご本人は「バーティカル・スープレックス」と呼んでおられました。まさに垂直落下に落とす必殺技でした。

 ここ2年ばかりの間に、往年の名レスラーが次々とお亡くなりになっていきます。ジミー・スヌーカ(2017年1月73歳)、チャボ・ゲレロ(2017年2月68歳)、ブルーノサンマルチノ(2018年4月82歳)、ビッグバン・ベイダー(2018年6月63歳)、マサ斎藤(2018年7月75歳)、ダイナマイト・キッド(2018年12月60歳)、ザ・デストロイヤー(2019年3月88歳)。プロレス全盛時代を彩ったレスラーだっただけに、寂しいことです。御冥福をお祈りします。♠♠♠

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