学生気質

 今からもう25年以上前に、経済学者の中谷 巌(なかたにいわお)先生(著書の中で過去の自分の学説の誤りを正直に認めた珍しい経済学者として私の印象に残っています)が、アメリカから帰国直後に、「仕事の周辺」というコラムに、次のような一文を書いておられて(当時は大阪大学の教授だったかな)、私は興味深く読み、それを切り取ってファイルしていました。

 私がアメリカから帰ってきて、驚いたことのひとつは、「学生気質」の違いである。
 アメリカで教えている時には授業の準備は入念にする必要があった。奨学金競争に必死の学生たちは、良い成績をとろうときわめて意欲的に教室に出向いてくる。一通り講義を終えて「質問ありますか」と私が声をかけると、何とクラスの半分くらいの生徒が一斉に手をあげる始末だ。この質問にいかに手際よく威厳を持つて答えるかが教師のお手並みということになる。もっとも、讃義途中でも疑問があると、どしどし質問が飛び出してくる。こういう状況だから教師も丹念に準備をし、いかなる質問にも即座に対応できるようにするのが習慣になる。
 ところが日本の大学では「質問ありますか」と声をかけてもほとんど手をあげる者がいない。最初の頃、これには拍子抜けさせられたものだ。質問をしないから、学生が講義をどの程度理解しているのか、あるいは、自分の講義に関心を持っているのかどうかさえさっぱりわからない。これでは教師の方の準備もだんだんいい加減になってくる。
 日本の大学にはおよそ競争というものがない。あるいは、きわめて限足されたところでしか競争がない、というのが実態だ。奨学金の支給が専ら親の所得水準によって決定され、また、就職にあたっても、成績はほとんど不問に付されるとしたら、学生が勉強しなくても当然である。教師間の競争も含め、大学にも健全な競争原理が持ちこまれないと、日本の大学はますます斜陽産業になっていくだろう。

 中谷先生の鋭い観察は、今でもそのまま当てはまり、先生の予言は的中しました。2017年の文部科学省と内閣府の発表によれば、大学進学を控える18歳人口は、今後どんどん減少を続け、14年後には現在(120万人)よりも約20万人減となります。大学進学率が横ばい状態と仮定すると(現在52%)、約10万人の受験生が減ることになりますね。計算上は、入学定員1,000人規模の大学が100校消滅することになります。事実、全国各地で大学がどんどんなくなっていっています。定員割れの大学も多く見られます(4割)。教育内容がおよそ大学と呼べないような大学があることも事実です。大学生が勉強しなくなったことだけは確かなようです。松江北高に毎年やって来る教育実習生を見ていても、それは感じますし、近所の島根大学の学生の様子を目の当たりにしてもそうです(最近何かと話題になって取り上げられることの多い、秋田県の国際教養大学の学生が必死になって勉強している姿が印象的ですが、これにはちゃんとした理由があります。大学内部で競争原理が働いているのです)。地方の私立大学が生き残りをかけて、公立化の動きも見られるようになってきました。安田賢治『笑うに笑えない大学の惨状』(祥伝社新書、2013年、最近も、木村 誠『大学大倒産時代』(朝日新書、2017年8月)というショッキングな本も読みました。♠♠♠

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