ゆとり

 一時、ゆとり」という言葉が大流行したことがありましたね。教育現場では「ゆとり教育」などと言って、中でも特に、英語教育の現場では、週の授業時間数を削減したり、中学校の必修語数を極端に減らすという愚かなことまで行われました。で、どうなったか?島根県は、文部科学省の施策を忠実に実行してきた県で(主たる責任者の「学校教育課長」がずっと文部省からの出向だったことも大きく影響しています)、ゆとり教育」を押し進めてきました。私はセンター試験成績の全国各県の推移を追いかけて一覧表にしているんですが(こうして一覧にしてみるといろいろなことが分かってきます。こういうことを教えて下さったのは、当時の岡山県立朝日高校の進路課長・鷹家秀史先生(現・岡山高校校長)でした。3年前には先生を北高に招いて講演会・授業をお願いしました⇒コチラです)、少なくとも英語の成績は、ゆとり教育」の推進と呼応するかのように、ズルズルと低下していきました。見事にグラフの下降曲線が、「ゆとり教育」の浸透と一致しています。かつては、英語では全国のベストテンに入る成績を保持していた島根県が、全国の最下位近辺にまで落ち込んでしまいました。一旦落ち込んだ成績はなかなか元には戻りません。

 「ゆとり」という考え方の根幹が、大きく間違っています。何かを一生懸命にやっていれば、他のことを顧みる余裕もないし、忙しくて心などのどかになれるはずがありません。だったら最初から、余裕を持ってやればよい、というのがゆとり教育の当時の考え方でした。ここが大きな間違いだと私は考えます。喩えてみましょう。一生懸命汗を流して働けば働くほど、経済的にはそれなりの余裕が出てきます。すると旅行にでも行こうかという「ゆとり」が生まれてきますね。全力を尽くして頑張っているプロセスの中から、心の「ゆとり」「喜び」が生まれてくるのです。はじめに「ゆとり」ありき、では絶対に「ゆとり」など生まれるはずがありません。私も体験をしてきました。

 私は、現役教員時代には、朝6時半から登校して教材を作り、目一杯教え、校務をこなし、部活動の指導をして、土・日も出勤する毎日でした。自宅に帰っても、夜は遅くまで辞典や参考書・問題集の執筆です。定年を迎え、一切の仕事をお断りして、憧れだった悠々自適の生活に入りました。確かに時間に縛られることなく、朝から晩までのんびりとした毎日を送ることができました。旅行も存分に味わうことができました。でも毎日が暇だらけで、のどかでゆとりのある生活かと言えば決してそうではありませんでした。単なる「暇」であって、ゆとり」では決してなかったように思います。2ヶ月して松江北高に復帰して、再び忙しい日々が始まりました。でも充実していたように思います。今年の4月からは、松江北高に加え、米子東高校内にできた浪人生のための「志学館」にも通っています。現役時代よりも忙しく働いて、とてもじゃないが「ゆとり」があるとは思えないでしょうね。しかし、私の心の中には充実した喜びやのどかさがあるのです。そしてちょっとした時間的な余裕ができれば、さらに楽しくゆとり感が倍増するのです(12月20日に全ての授業が終わりますので、冬は旅に出かけます)。全力を尽くしてこそのゆとりなのです

 私の尊敬する故・渡部昇一先生も同様のことを著書の中で述べておられました。ちょっと長いですが、実に参考になる生き方だと思われますので、引用します。

 私にも、この陶淵明のいうゆとりを感じたことがある。大学時代のことだ。
 私は家庭の事情もあって、どうしても学費を免除してもらう必要があった。
 学費免除をしてもらうためには、学年で必ず一番にならなければいけない。そ
うすると、これはほかの生徒との競争を考えるわけにはいかなくなるのである。
 私よりもっと成績のいい学生がいるかどうか私にはわからないからだ。誰と競
っていいのかわからないが、とにかく一番になるにはどうすればいいのか。これ
は全部百点を取るしか手がない。
 こう考えて、他人と競争するのではなく、全科目で満点を取るようにと心を切
りかえた。競争を考えると、同級生の成績にいちいち嫉妬しなければならない。
しかし、満点を取れば、そんなわずらわしいことをしなくても一番になれるとい
うわけだ。
 そのためにはどうするか。
 まず、授業はよく聞かねばならない。だから、必ず教室の一番前に座ることに
した。最前列に座って、先生と自分との間に物理的な邪魔が入らないようにした
のである。そして、しっかり授業を聞くようにした。
 当時は午後の授業はなく、朝は始まる時間がきちっと決まっていて、午後一時
には終わった。
 授業が終わって部屋へ帰ると、習ったノートをまず読み直して、わからないと
ころにだけパッパッと印をつけた。そして、次の授業の時に、そのわからなかっ
た部分について質問し、授業で習った部分については完全にマスターするように
心掛けたのである。授業について非常によく勤めたということであろう。
 そうすると、しだいに、授業はもちろん、試験までもが楽しくて仕方がなくな
ってきた。今考えると、これが陶淵明のいう「達成感のあるのどかさ」なのでは
ないかと思う。端から見れば、しゃにむに勉強しているように見えたかもしれな
いが、私自身の中では楽しくて仕方がなくなっていたのだ。
 だから、心の中にはいつもゆとりのようなものがあったし、のどかだった。
 そしてその結果、十数科目の平均点が九十点以上だった。二番だった学生の平
均が八十数点だったというから、総計では百数十点ぐらい違ったことになる。
 こうなると、次は本当に時間的な余裕も出てくるようになるのだ。授業で習っ
たことについてはほぼ完全にマスターしているという気持ちがあるから、空いた
時間を自由に使えるようになったのである。
 心に不安があれば、なかなかそうはいかないだろう。疑問点や不明点を残した
まま授業を終えていたのでは、心穏やかに遊べはしないものだ。
 その点、私は授業でやるべきことはすべてやっていたから、心のどかに余りの
時間を使えた。雑誌はもちろん、好きな本もずいぶん読んだと思う。この時に日
本の古典まで読んでしまったくらいだから、いかに私が自由に時間を使えたかが
わかろうというものだ。  ―渡部昇一『なぜか「幸運」がついてまわる人10の
ルール』(三笠書房、2003年)

 上の渡部先生の言葉に出てくる陶淵明(とうえんめい)の言葉とは、帰去来辞」(ききょらいのじ)に出てくる一節「勤(いそし)みて労を余すことなければ、心に常(とこしえ)なるいとまあり」です。「一所懸命やって全力を尽くすと、心には常にゆとりがある」という意味ですね。一見パラドックスのようですが、これが真実です。

 かつて、松江北高の全盛時代の伝説の校長故・鞁嶋弘明(かわしまひろあき)先生は(私を北高に呼んでくださったのもこの校長先生でした)、生徒たちに「定期試験の勉強は二週間前から始めるのだ」と、訓示しておられましたね。部活動が休止になるのは試験一週間前ですから、大抵の生徒たちは一週間前から試験勉強を始めます。これを二週間前から始めることで、心に余裕が生まれて好結果につながるのだと。試験前ギリギリになって勉強する人たちは、前日に徹夜徹夜の連続で、一見乗り切れているように見えても、試験が終われば全部忘れていますから、結局は力がつかないのです。私自身を振り返ってみても、高校時代、試験勉強なんかした記憶がありません。毎日少しずつ今日習ったところを復習していましたから、試験前になると、無性に好きな本が読みたくなったものです。さらに、鞁嶋先生は、普段の生活についても生徒たちに踏みこんで教えておられました。金曜日は翌日が休みということもあって、のんびりしてしまってダラダラと過ごすことが多いようですが、実はこういう金曜日とか、余裕のある土曜日・日曜日に、次週の予習を溜めるだけ溜めておくと、次の週の毎日に「ゆとり」が生まれる、そしてその浮いた時間を自分のやりたいことに充てるのだ、とおっしゃっておられました。予習の先取り」ですね。力のつかない生徒は、明日のことを今日行うその日暮らし、自転車操業になっていることが多いようですよ。「やらされる勉強」ではなく、「自分でやる勉強」は力がつくのです。こういった具体的な勉強の取り組み方を、校長先生自ら発信しておられた学校が、松江北高でした。強いわけだ。❤❤❤

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