
以前、銀座の「伊東屋」さんをのぞいていたところ、面白い物を見つけました。文房具専門店として有名なあの「伊東屋」さんの「オリジナルバイスクルブラック」です。 「エーっ?伊東屋にトランプ?」と当時はビックリしましたが、黒い背景に白と鮮やかなスートが目を引きます。特徴的なデザインでありながらシンプルで視認性が高く、使いやすいカードです。私の「趣味」の一つに(まさに英語のhobbyです。「趣味」とhobbyは全く異なりますが、生徒達は実に安易に捉えています ⇒コチラを参照のこと)、世界中の珍しいデックを集めることがあります。今回のデックも、私のコレクションの一つに追加されました。最近も伊東屋さんに行ったんですが、まだ販売されていました。ロングセラー商品ですね。
ここで、このカードの歴史について。「バイスクル」というのは、世界最大のシェアを持つ「U.S.プレイング・カード社」(U.S.P.C)のトランプです。アメリカ・ケンタッキー州で製造されています。1885年に誕生した「バイスクル」は、ポーカーゲームやマジックなどで愛用され、世界中で認知されています。カード表面の独特なエンボス加工によりとても滑りが良く、リボンスプレッド(トランプを直線状・弧状に広げること)がしやすいため、マジシャンの必需品となっており、愛用されています。2010年前後に、U.S.P.C社は本工場をそれまでのオハイオ州からケンタッキー州へ移しました。「KY製」というのはケンタッキー州へ工場を移した後に生産されたデックを指していて、それ以前のモノについては「OHIO製」と区別しています。なぜ区別しているのかと言うと、実は「KY製」となってからのU.S.P.C社製は、マジシャン側から見るとずいぶん品質が著しく低下してしまったと感じられるからなのです。大きく変わってしまったのは、主に以下の2点です。
①カードの硬さ(弾力の維持力)
②滑りの維持力
新品を空けた直後はしっかりとした弾力が感じられるのですが、暫く使っていくうちにどんどん柔らかく、頼りない弾力になってしまいます。「OHIO製」は一度弾力が弱くなってしまっても、ケースにしまって時間が経つと、ある程度は元に戻りますが(勿論使い込めば相応に柔らかくなります)、「KY製」は柔らかく弱々しい弾力に定着するまでの時間が非常に短く、そのためカード自体の耐久性がかなり落ちているのです。カードの弾力というのは、マジックやフラリッシュで非常に大切な要素ですから、これの「保ち」が短くなると、それまでの感覚で行っていた技法や演出に違和感を感じるようになってしまうわけです。
カードマジックにおいて、カードをテーブルに広げたり手でファン状にする事は多いので、使用するカードには滑りの良いモノが求められます。この点だけは今までBICYCLEを筆頭にU.S.P.C社製が断トツで他のメーカーに勝っていたのですが、「KY製」となって以降、この滑りが鈍くなりやすいカードが目立つようになってきました。カードは紙製ですから、当然汚れや手の汗などで表面の滑り具合は落ちていきます。これは仕方の無い事なのですが、「OHIO製」は10年前のトランプであろうと、保存状態が良ければ非常に綺麗に滑ってくれました。また、多少使い込んで滑りの鈍くなったデックでも、ケースにしまっておけば翌日に元通り、というのが当然の事でした。しかし、「KY製」となって以降、最初は滑るものの、少し時間が経つと急にガサガサになり、全く滑らなくなってしまうカードが出てきたのです。テーブル上にリボンスプレッドしても、ボソボソと他のカードを引きずるような広がり方になります。見た目の綺麗さにおいて、これはマジックにおいてかなり致命的な欠陥なんです。
品質とは関係ありませんが、BICYCLEや他のカードのケースデザインが変更されました。裏模様の描かれていた面に広告文が入るようになり、これはマジックでの秘密動作に関わってくる点でしたので、マジシャンには不評となっています。またジョーカーが、カラージョーカーとなり、美しくはあるんですが、使い慣れたマジシャンの見地からは昔ながらの線画モノクロのジョーカーがいいという根強い声があります。パケット・マジックが大好きな私は、ジョーカーを使うことが多いんですが、個人的には、昔のモノクロジョーカーの方が好きです。
こうした変更に対して、著名なマジシャンにより「BICYCLEに変わるマジシャン向けのデックを作ろう」、「昔の質を再現してカードを作ろう」といった動きがあります。これらのデックは勿論高品質なのですが、まだまだマジシャンのスタンダードとは成り得ていないのが現状と言えるでしょう。♠♣♥♦
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