ドトールコーヒーの秘密

 私はずっと昔から「ドトールコーヒー」のファンです。全国どこへ行っても「ドトールコーヒー」のお店を見つけては入ってしまいます。初めて「ドトール」に入ったのは、東京・銀座の文房具店「伊東屋」の裏にあったお店でした。当時180円くらいであんなに美味しいコーヒーが飲めることに感動したものです。私は、ドトールの社長の鳥羽博道(とばひろみち)さんを取り上げて、ドトールの歴史について詳しく述べたことがあります。⇒コチラです 

 最近の八幡は、毎週米子に通勤するために、朝早く、松江駅「ドトール」で、電車待ちの約1時間(7時半~8時半)を、仕事に充てています。ただ最近はこのコロナ騒動で、午前9時からに営業時間が変わっていたために(スターバックスは休業、服部珈琲は潰れたみたいでコーヒーを飲む場所がない!)淋しい思いをしました。ただ、先週から朝の7時に復活オープンしてくれています(ただし平日のみ)。有り難い!!

 ドトールは、鳥羽博道(とばひろみち)前社長が、1962年に24歳の春に起こした会社です。高校中退後、レストランやコーヒー豆焙煎卸営業会社での勤務を経て、ブラジルに単身渡航。創業者の鳥羽さんが、十代の頃下宿していたサンパウロの「ドトール・ピント・フェイラス通り85番地」への思い入れから採られた名前です。ドトールというのはポルトガル語で「医者」の意味で、ブラジルの医療に貢献したピント先生の功績を讃えてつけられたIMG_1368地名だそうですよ。資本金50万円、従業員2名、間口たった二間の事務所兼焙煎所兼倉庫で、焙煎機1台と中古の軽四輪車からのスタートでした。彼の理想は、19歳の時の誠実な思い「一杯のコーヒーを通じて安らぎと活力を提供することこそが喫茶業の使命」でした。「願いが正しければ、時至れば必ず成就する」という徳川家康の言葉、金の貧乏をしても心の貧乏するな」という、お父さんの言葉を座右の銘としながら、どれだけ苦労されたのかは、彼の『想うことが思うようになる努力』(プレジデント社)と、その改訂文庫版『ドトールコーヒー「勝つか死ぬか」の創業記』(日経ビジネス文庫)に詳しく出ています。やはり松下幸之助(まつしたこうのすけ)さんの影響がここにも見られました。私は松下幸之助さんの本をむさぼり読んでいますが、生き方・考え方で参考になるところが多いです。八幡家の家電製品は全部パナソニック製です。

 今日も、私は松江駅「ドトールコーヒー」で、仕事に励んでいます。♥♥♥

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