「天徳院」

 金沢3代藩主前田利常の正室である珠姫(たまひめ)の菩提寺が、ここ「天特院」(てんとくいん)です。珠姫は2代将軍徳川秀忠公の次女として生まれ、政略結婚で3歳にして加賀へお輿入れされ、14歳で結婚。その後、三男五女を産み、前田家、徳川家の融和のために心血を注ぎましたが、24歳の若さで亡くなりました。利常と非常に仲が良かったと言われています。その生涯を加賀藩のために尽くし、繁栄を導いた姫として、金沢市民にこよなく敬愛されています。私は、北陸鉄道定期観光バス(半日コース お客は私一人だった!)で、ここに連れて行ってもらいました。

 現在、この寺の境内では10時・12時・14時・16時(12~2月は14時まで)に、「珠姫・天徳院物語」という15分間のからくり人形劇が上映されています。これがすごいんです。幼子の時に徳川家と前田家の友好・主従関係の証として江戸から嫁いだ珠姫の「人生を、からくり人形劇として再現しているんです。本堂の一角に再現した御殿を舞台にして、六体の「からくり人形」が演じるものです。木偶師(でくし)8代目玉屋庄兵衛氏が、伝統の手法と新たな技術を駆使して上演しており、「天徳院」の見どころの一つでもあります。劇はつぎのようなあらすじで展開していきます。

 加賀の前田家は、百万石の石高を誇るが故に江戸幕府から警戒されていた。加賀藩の藩祖・前田利家の没後には、徳川家康によって加賀征伐が計画されるに至った。利家の跡を継いだ利長は、徳川家に刃向かうつもりがないことを伝え、その証として実母のおまつ(芳春院)を人質として江戸に送るとともに、跡取りの利常の正室として珠姫を貰い受けた。こうして、珠姫は加賀に輿入れすることになったのである。しかし、珠姫を通じて徳川家と姻戚になった後も前田家は警戒されていたらしく、珠姫の没後にも加賀藩は幕府から謀反の嫌疑をかけられている。前田家と徳川家は敵対こそしなかったものの、常に緊張関係にあったのである。ただ、このような中でも珠姫と利常の仲は睦まじかったと言われている。

 鑑賞する前に説明を受けた係の女性から、衣装の早変わりが見どころですよ、と聞いていたので、興味津々で見ていました。実に精巧なコンピューター制御のロボット(?)が演じています。「侍」が「忍者」に早変わりする場面がありました。これが見事!一瞬のうちに変化するので見逃さないようにしないといけません。

 金沢駅から北鉄バスで15分くらいのところ、天徳院前バス停下車です。 お寺の拝観とからくり人形を見て1時間くらいでしょうか。 個人で拝観されている人は少なく、観光バスのコースになっているので、訪れるのはほとんどツアーの方々のようですよ。♥♥♥

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