当たり前は当たり前じゃない!

    今回の新型コロナウィルスの騒動で、当たり前が当たり前ではない」ことがよ~く分かりました。住む家があることも有り難いことです(会社をリストラされて社宅を追い出され、野宿生活をしている人の報道をNHKで見ました)。毎日熱いお風呂に入ることができるのも嬉しいことです。給料がもらえることも本当に有り難いことです。毎日学校に行けることも、本当に待ち遠しいものでした。たまーに外で美味しい食事ができることも本当に有り難いことですね。大好きな人と普通に会えていて、大声で笑いあって、大切な家族とも普通に過ごすことができて、行きたいところにはいつでも行けて、仕事も何不自由なくいつも通り一生懸命に働けて……。それが日常で、当たり前だと思っていました。でもそれは当たり前じゃなくて、有り難い事だったんだなって、今になって本当に痛感しています。4月・5月といえば、八幡家には、卒業生を始めいろいろなお客さんであふれている時期ですが、今年は誰一人訪問客はありませんでした。ただ一人ピンポ~ンを鳴らされた人がいましたが、「昨日救急車を呼んでくださったのはあなたでしたでしょうか?」というものでした(意味が分からない??)。人恋しいというのが、実感でしたね。

 私は2月から4月にかけて、左膝に激痛が走り、歩くのもままならない状態でした。米子東高校は、送り迎えをしてもらったり、タクシー通勤をしたりして、なんとかしのいでいました。だて整形」に頻繁に通って、なんとか今では、歩けるようになりました。今日も伊達先生にお礼を言って、膝に溜まった水を抜いてもらい、いつもの痛み止めの注射を1本打ってもらってきたところです。普通に歩けることがこんなにも嬉しいと思えることも、初めての経験でしたね。日頃当たり前と思っていることが、決して当たり前ではないんですね。今日授業でも生徒たちにその話をしました。学校へ行かせてもらっていることも、毎日美味しいお弁当を作ってもらっていることも、毎日家では美味しいご飯を食べさせてもらっていることにも感謝です。当たり前のものがなくなってみて、初めて感じたことでした。生き物が生まれる確率は、一億円の宝くじに100万回連続で当たったのと同じくらいすごいことだと、遺伝子を学問とする先生方はおっしゃいます。ならば生きているだけでも素晴らしいことじゃないですか。「生きる意味が分からない」とか「何のために生きているのか?」などという悩みなんか、どこかにすっ飛んじゃいますね。

 大好きなシンガーソングライターのさだまさしさんが、『ハルメク』という雑誌の今月号のインタビュー「「生きることを諦めない」幸せの捉え方」で、こんなことを言っておられました。⇒コチラで全文読むことができます 彼の人生観がよく表れたインタビューでした。   「生きている人間はみんな、ポケットにいっぱい幸せを入れて持ち歩いているんだよね。ところが、上から不平や不満をどんどん詰め込むから、いざポケットに手を入れたら、不平不満しか出てこなくなる。だから「ポケットの中をよく探せよ」って話をよくするんです」 ◎「「老後の幸せ」とみんな呪文のように言うけれど、僕は幸せって虹みたいなものだと思っています。雨降って初めて虹が出るように、不幸せという言葉があって初めて幸せというものが見えてくる。幸せっていうのは、あるようでないし、ないようであるものなんです」 ◎「だいたい生きているだけでも苦しいじゃないですか。お釈迦様のすごいところは、生きていることは苦しいことだって発見してくれたことです。苦しいのは僕だけかなって思うくらい、つらいことはないですよ。「そうか、人生が苦しいのは当たり前なんだ」と思うことで、幸せの捉え方はうんと変わってくる気がしますね。だから、何か苦しいことがあっても、諦めないこと。生きることを諦めずにいられたら、それが一番幸せなんだと僕は思います。自分を諦めてしまうところから、不幸せは始まるんですから」 まさにその通り!!

 時として、エリートと呼ばれる人、天才・秀才に生まれた人、お金持ちの人などを羨ましがったりしますが、そんな人たちも、その立場は立場で大変だったりするのかも知れません。きっと、凡庸に生まれた私たちには解らない苦しみがあるに違いありません。いずれにしろ、私たちはこうしてこの世に生まれてきただけでも、この自然界で大変な偉業を成し遂げている、と考えた方がいいでしょうね。今、ここに自分が生きているということはまさに奇跡中の奇跡、素晴らしいことなのだ!と自覚するべきなんですね。今この世に存在して、生きているだけでも大変な奇跡なんです。ましてや、自分でその命を絶つなどというのはとんでもないことです。

 実は、仏教の世界では、遺伝子の学問が始まるはるか大昔から、このことは強く説かれていました。あらゆる角度から、今ある命の尊さを示しています。その自覚次第で、生き様ががらりと変わっていくから心せよ、というのが仏教の教えです。何事にも「感謝」の気持ちを忘れないでいたいものですね。♥♥♥

水を飲めることに「ありがとう」
息ができることに「ありがとう」
食事ができることに「ありがとう」
仕事があることに「ありがとう」
家族がいることに「ありがとう」
友達がいることに「ありがとう」
話ができることに「ありがとう」
歩けることに「ありがとう」
生きていることに「ありがとう」

▲今日夜、米子帰りに食べた「かつふじ」の絶品「エビロース膳」と「豚汁」の幸せ!

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