『学びて厭わず、教えて倦まず』

 「知の巨人」と呼ばれた、言論人であり、博覧強記の知識人、英文学者・歴史家でもあった、私の尊敬する渡部昇一(わたなべしょういち)先生がお亡くなりになってはや3年。没後も先生に関わる出版物の再版・復刻版、生前の講演を収録した本、対談本等の刊行が数多く、後を絶ちません。そんな中にあって、最近刊行された『学びて厭わず、教えて倦まず』(辰巳出版、2020年8月)は、渡部先生の謦咳に接した門下生5名(現・大学教授ほかの教育者)と、氏の旧友であり現・大学名誉教授による、「素顔の渡部昇一」を語ったアンソロジーです。

 タイトルの「学びて厭わず教えて倦まず」とは、学ぶことも教えることも嫌になる事がないということです。論語では,「子曰、黙而識之、学而不厭、誨人不倦、何有於我哉」と書かれているようです。孔子の教育者としての思想をうたっているもので、黙って知識を蓄え学ぶことを厭わず、人に教えることを嫌にならず、それが私にとってたいしたことではないという意味です。この書名はまさに渡部先生のお姿をそのまま表したものとなっていますね。

    本書の主人公とも言うべき渡部昇一先生は、大ベストセラー知的生活の方法』(講談社現代新書)の著者として知られ(私の人生に大きな影響を与えたこの本が「ブックオフ」では100円で売られているのを見るとちょっと悲しくなりますね)、私は先生の言われる「知的生活」に憧れ、読書生活や、生き方そのものにもずいぶん影響を受けてきました。本書は、渡部先生が長く教鞭を執られた上智大学文学部出身の教え子たちが中心となり、在りし日の先生の一言一言を思い出しながら、身近に接した恩師の振る舞いや、内外に多端であった戦後日本において、渡部先生が文科の国、日本に対してもたらした多くの業績について、エッセイや対談といった形でまとめておられます。本書は、600冊を超える渡部先生の著作の中から、時代にコミットしたと思われる多くの本の内容に触れた文章も多く、いわば渡部本の紹介プロジェクトの感もあります。ことに第1章「アウトプットの質と量が大事 ・渡部昇一先生の「原点」(『文科の時代』を読む)は、渡部先生が論壇デビューを果たした著書『文科の時代』について、掲載されたエッセイの一つ一つについて、その意味するところに説き及び、改めて時代に先駆けた渡部先生の本質を見る思いにさせられます。文科の時代』には、その後に幅広く展開される先生の歴史を中心にした文科への展開の方向が示されていて、本書はいわば先生再発見の羅針盤とも言ってよいものでないかと思われます。ただし、執筆陣の先生方は、多く英語教育関係の方々であり、渡部先生が数多く執筆され、様々な場面で主張されていた歴史や教育、古典文芸、政治的な関心等々についての記述は必ずしも多くはありません。

 先生の本業は、英語学者(英文法史)でした。しかし、世間では日本史の学者かと思われるくらい、日本史に関する著作を数多く残されています。先生は「自分の趣味は、専門外のことを勉強して、発表することです」とおっしゃっておられました。 そのどれもが、およそ素人の領域を超えたもので、それを支えたのが、先生独自の歴史観と、専門家も及ばないくらいの資料蒐集力でした。あるとき、お弟子さんが「なんで先生、英語についての本を書いてくださらないのですか?なんで歴史の本ばかり書くんですか?」と尋ねたときに、渡部先生「言わずにはおれんのですよ」と即答されたそうです。日本を真に愛する者として生きたい渡部先生の魂の叫びが、数々の著作になって結実したものだと思います。

▲渡部先生最新刊!

 先生が文壇デビューされた『文化の時代』(1974年)『腐敗の時代』(1975年)『正義の時代』(1977年)〔共に文藝春秋社〕より必読の12編が、この度、渡部昇一『「時代」を見抜く力 渡部昇一的思考で現代を斬る』(育鵬社、2020年9月)として時空を越えて蘇りました。盟友の故・谷沢永一さんが「極上酒」として絶賛されたエッセイです。知の巨人の三部作が今蘇りました。

 最新の『英語教育』9月号(大修館書店)には、教え子の池田 真教授(上智大学)の感動的な追悼文が掲載されており、その中で「オロナミンC」をこよなく愛された先生のお姿が出てきます。私も若い頃は毎日のように飲んでいました〔笑〕。先生は甘い物も実にお好きで、赤福」が大の好物であったことが、先生のご長男の渡部玄一さんの著書『明朗であれ~父、渡部昇一が残した教え』(海竜社、2020年3月)に出ていました。⇒詳しくはコチラに書きました  晩年の渡部先生のお姿は、涙無しには読めません。♥♥♥

 暮れも押し迫ってきたある日、実家を訪れた私は父が食卓の前にぽつんと座っ
ているのを見た。
 父の目の前には好物の赤福が置かれていたが、父が手をつけた様子はなかった。
 私が食べないのかと聞いたら、
 「あんなに大好きだったはずのものが、たべられなくなってなあ」と一言私に
言った。
 その夜、私は父のことで初めて涙を流した。

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