「眼鏡橋」

 長崎は大好きな町で、よく訪れます。「眼鏡橋」(めがねばし)はお気に入りのスポットです。17世紀、長崎の町並みは拡大され護岸を構築し、ほぼ現在の中島川が形づくられました。このころは、キリスト教禁教の時代であり、唐文化の導入により「興福寺」などの仏寺が次々と建立されました。寛永11年(1634)、興福寺の二代目住職、中国江西省出身の黙子如定(もくすにょじょう)禅師が架設したと伝わる、欄干の近くには彼の像が立っていました。この「眼鏡橋」は、長さ22m、幅3.65m、川面までの高さ5.46mで日本初のアーチ式石橋として有名です。当時は仏寺が次々と建立されていた時代で、眼鏡橋」も興福寺の参道の一部とされていました。川面に映った影が双円を描き、ちょうど「メガネ」に見えることから、この名前がついたと言われており、「日本橋」「錦帯橋」と並び、日本三名橋に数えられます。昭和57年(1982)の長崎大水害で一部崩壊しましたが、翌年復元され、国の重要文化財に指定されています。あまり知られていませんが、この「眼鏡橋、なんと!皇居・二重橋のモデルでもあります。

 近年では、眼鏡橋」をはじめとする中島川護岸には、恋心をかなえるというハートストーンが、20個前後埋め込まれていて、愛を願うパワースポットとして人気を集めているそうです。私は滞在時間がなくて、まだこれを見つけていません。

 長崎出身のシンガーソングライター・さだまさしさんの、グレープ時代の初期の歌「紫陽花の詩」(あじさいのうた)の二番に、この建築的にも有名な、二重アーチの石橋「眼鏡橋」が登場します(1分38秒あたり)。橋の向こうに「遊郭」がありました。長崎市の中心にあるこの二つの場所へ行くには、下記の三つの道筋があります。❤❤❤

思案橋から眼鏡橋
今日は寺町 廻ってゆこうか
それとも中通りを抜けてゆこうか
雨が降るから久し振り
賑橋からのぞいてみようか

 

 

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