ハロウィーンとFreeze

 ハロウィンの時期になると必ず思い出すのが、1992年10月に起こった痛ましい事件、愛知県名古屋市の服部剛丈(はっとりよしひろ)くんの射殺事件です。お母さんが英語教師だった影響で、幼い頃からアメリカに強い興味を持っていた服部くんは、スポーツ万能・成績優秀で、愛知県トップクラスの進学校から、高校2年生の夏、アメリカ留学へと旅立ちました。AFSの留学生としてアメリカ・ルイジアナ州バトンルージュ市に暮らしていたいた服部くんは、ホストブラザーのウェブ・ヘイメイカーと一緒に、10月17日、日本人留学生を招いて開かれるやや早めのハロウィン・パーティーに出かけました。パーティーの会場である友人宅に着いたのですが、そこは番地が似ていた別の家でした。そのことに気づかずに、二人は敷地内に入り正面玄関のドアベルを鳴らしますが、応答はありません。裏手にあるカーポートのドアの方へ行きますが、二人は家を間違ったかもしれないと思い、車道の方へ戻ります。しばらく立っていると、カーポートのドアが開きました。服部くんは「パーティーに来たんです」と言いながらドアの方へ歩いて行きます。ドアのすぐ近くでは、この家の主人であるロドニー・ピアーズが銃を構えていました。ウェブは「ヨシ、だめだ、戻ってこい!」と叫びます。服部くんを強盗だと思ったピアーズは、“Freeze!”(動くな)と言いますが、服部くんはその言葉の意味が分からず“Please”と聞き違え、「パーティーに来たんです」と、家に入ろうとした直後に撃たれてしまいました。マグナム44口径の弾丸が胸を貫通し、出血がひどく救急車の中で死亡しました。

 その後の動きは、あまり報道されていません。刑事裁判では、陪審員の全員一致で、正当防衛が認められ、無罪が確定します。社会的弱者の側に立ち、数々の訴訟に勝利してきた民事訴訟のエキスパートであるチャールズ・ムーア弁護士により、遺族側の民事訴訟が始まります。裁判の結果、服部さんの完全勝訴。ピアーズ家が複数の銃を所有していたこと、過去に敷地内に入った犬などを射殺したことがあること、家の主人が妻の前夫ともめた結果。事件の前に顔を合わせたときに「殺してやる」と言っていた、などの理由によって有罪とされたのでした。ピアーズ夫妻には65万3000ドル(約7,000万円)の支払いが命じられました。その後、ピアーズ夫妻は10万ドルを支払いましたが自己破産して、行方不明。残りのお金は支払われませんでした。このあたりの事情は、主任弁護人のチャールズ・ムーア「「服部君裁判」勝利の瞬間」という独占手記を『文藝春秋』1994年11月号に寄せています。この事件の全貌がよく分かる資料でした。そしてこの後、アメリカでもさまざまな銃規制の運動へとつながっていくのです。服部くんの死を無駄にしないためにも、ご遺族の方々も貴重な取り組みをしておられます。ビル・クリントン大統領の下で、「ブレイディ拳銃管理法」(銃の販売店に対し、購入者の身元調査を義務づけるもの。これにより重罪の前科がある者、麻薬中毒者、未成年であることが明らかになった場合、その者たちへの銃の販売は禁止となる)が可決されましたが、現在ではこの法律も失効しています。

 さて、当時はまだこのFreeze!” the gunman said.(「動くな!」と殺し屋は言った)という表現が、日本ではほとんど知られていませんでした。当時、辞典にも収録はなかったんです。ただ私が協力した『ライトハウス英和辞典』(研究社)『新リトル英和辞典』(研究社)けは、この口語表現を載せていたのを覚えています。というのも、当時警察小説(しょっちゅう出てくる表現です)をたくさん読んでいた私が、原稿の中に書き入れたものです。この表現を服部くんが知っていたら…、と悔しく思ったのを、今でも思い出します。♥♥♥

【追記】 祝・巨人優勝!巨人が優勝するまではと、寒さに震えながらずっと半袖で通しておりました。私は言ったことは必ず実行する人間です。ようやく長袖を着ることができます。あー、寒かった!!〔笑〕

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