キハ40系

▲キハ47系

▲キハ40系

 私は週に3日、毎朝、松江駅一番ホーム から「キハ47系」の朱色の列車で米子駅まで、米子駅からは0番(霊番?)ホームに急ぎ、キハ40系」&「キハ47系」のカラフルな「鬼太郎列車」(境線)に乗って米子東高校の最寄り駅の博労町駅へ向かいます。旧・国鉄時代からの味のあるディーゼル列車ですね。ディーゼル特有のゴーン、ゴーというエンジン音が心地よく響きます。昇降口が車両の最前部と最後部にあり両運転台がキハ40系、中央寄りに2カ所あり片運転台なのがキハ47系です。

 「キハ40系」は、老朽化した既存の気動車を置き換えるために、国鉄時代の1977(昭和52)年にデビューした普通列車用のディーゼル・カーです。他の気動車との併結を考慮しつつ、踏切事故対策のために高い運転台構造が採用されたことが大きな特色でした。1982(昭和57)年までに、計888両が製造されました。車内には4人掛けのボックスシートがあり、デビュー時は冷房装置を搭載せずに、天井に扇風機を設置。昔懐かしい「国鉄型」の面影を残しています。このキハ40系が最初に投入されたのは、山陰本線の京都地区で、その後、北海道から九州までの全国各地の非電化路線に投入されました。1987(昭和62)年の国鉄分割民営化時には、事故で廃車になった1両を除く887両が、JR旅客6社に引き継がれ、いまも非電化路線(線路上の電線が無く、電車と電気機関車が走れない路線)を中心に活躍をしています。

 車体の朱色は、「首都圏色」と呼ばれました。このシンプルな朱色1色塗りの車体が初登場したのは、国鉄「相模線」だったことから、「首都圏色」の呼び名が生まれました。JRの発足の直前あたりから、朱色塗装をやめて、車体色を地域別に塗り替える取り組みが行われています。

 しかし、この列車、2000年代に入ると、老朽化のため徐々に数を減らし、「JR東海」が引き継いだ「キハ40系」は、2016年までに全て引退をしました。それ以外の5社ではまだ活躍が続いてはいるものの、関東エリアのJR線からは2017年に姿を消しています。2018年には、青森県と岩手県の太平洋沿いを走る八戸線の「キハ40系」が、観光列車用の改造車を除いて引退。2019年3月には香椎線(福岡県)の「キハ40系」が、新型のBEC819系蓄電池電車に置き換えられました。登場から40年以上が経過した現在、淘汰が取り沙汰されている一方で、JR九州の「かわせみ」「やませみ」や、JR北海道の「北海道の恵みシリーズ」や、JR西日本の「あめつち」など、キハ40系を種車とした観光列車が登場しています。全国的には、このようにどんどん交換・老朽化が進みつつあるものの、大切に大切に使用を続けているのが、中国地方のJR西日本なんです。Rail Magazine 』419(2018年8月)が、キハ40系」の歴史と現状の特集をしていて、面白く読みました。

 また、GV-E400系のほかにも「JR北海道」のH100形や、JR九州」のYC1形など、JR各社が新型ディーゼルカーの開発を進めており、キハ40系」の置き換えが、これからも本格加速化すると見られます。国鉄時代に大量生産され、全国どこに行っても見られた「キハ40系」も、数年後にはごく一部の路線でしか見られなくなるかもしれませんね。今のうちにしっかり乗っておくことにしましょう。

 最近刊行されたばかりの、みんなの鉄道DVD BOOKシリーズ『キハ40系』(メディアックス、2020年9月)には、車両・路線・駅紹介と走行シーンの前面展望映像を収録した2枚のDVDが付いていて、まさにお宝映像となっています。中でもDISC2は、私が毎週乗っている境線の特集で、愛着を持って見ました。♥♥♥

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