津村秀介『山陰殺人事件』

 最近、無性に列車の時刻表物の「アリバイ崩し」が読みたくなって、故・津村秀介(つむらしゅうすけ)さんの過去の作品を読み返しています。それもガチガチの時刻表トリックです。今ではもう珍しくなってしまったジャンルですね。私は小説のページに時刻表が出ているだけで、俄然ファイトが湧いてくる人間なんです。

 1958年にベストセラーとなった、松本清張氏の『点と線』が、アリバイ崩しの妙味を多くの読者に知らしめたことで有名ですが、鮎川哲也(あゆかわてつや)先生『点と線』に先立つ昭和20年代から、アリバイ崩しに取り組んでこられました。その結果が、1950年の『ペトロフ事件』プロトタイプにはじまる、鬼貫警部シリーズの長編17作品となって、花開いたのです。そして1978年、西村京太郎先生『寝台特急(ブルートレイン)殺人事件』にはじまる一連の十津川警部シリーズが大人気となり、鉄道ミステリーは新しい時代を迎えます。しかしながら、安易な創作姿勢のフォロワーたちが登場したことで、鉄道ミステリは「キオスク本」「ご当地ミステリ」などと薄っぺらなレッテルを貼られ、若い読者にはそっぽを向かれる結果となりました。

 津村秀介さんもどちらかと言えばこの「ご当地ミステリー」に含まれる作家です。しかし、彼は一貫してアリバイ崩しを心がけ、ミステリーのふりをした風俗小説ではない、純正の論理性の勝ったミステリを地道に書き続けていました。残念ながら2000年9月28日、津村さんは肝硬変で帰らぬ人となりました。もう新作を読むことはできません。淋しいです。

 そもそも津村さんとミステリの馴れ初めは、鮎川先生の作品が最初であろうと思われます。初期の津村作品の後書きや推薦文を、鮎川先生が執筆しておられることからも、両者の親しさがうかがえますね。弟子といった密接なつながりはないにしても、堅実な作風が鮎川先生譲りであることは、誰が見ても明らかです。もともとは純文学の出で、本名の飯倉 良名義で『近代文藝』などに、作品を発表していました。また、昭和30~40年代は週刊誌記者として過ごしています。河出書房の編集者を皮切りに、『週刊新潮』の「黒い報告書」などを執筆しました。1972年、偽りの時間』で、津村さんはミステリ界にひっそりとデビューしますが、この後10年間はミステリ作品は発表されず、19822年『影の複合』(偽りの時間』の改稿版)での再デビューとなったのです。その後、1984年の『山陰殺人事件』から、探偵役に事件記者・浦上伸介を登用し人気を博し、シリーズ化されていきます。浦上」の名は、かつて津村さん自身が使用していたペンネームでもあり、このキャラクターへの思い入れ・愛情の深さが思い知られます。

 浦上シリーズは日本テレビでドラマ化もされ(何故か主人公浦上伸介が女性弁護士・高林鮎子に変更されていますが そこらへんのお家の事情は⇒コチラに詳しく書きましたのでご覧ください)、津村さんのアリバイ崩しの定評は揺るがぬものとなります。そして、それに飽き足らず、純文学時代から暖めていた不条理3部作を1993年から発表し始めました。裏街』『孤島』『虚空』と題された3作のうち、虚空』は結局完成を見ませんでした。

 さて、名探偵・浦上伸介の記念すべきデビュー作、津村 秀介『山陰殺人事件』において、 横浜で起きた連続婦女暴行殺人事件は、容疑者の自殺で決着がつこうとしていました。だが、それに不審を抱いたルポライターの浦上伸介は真相を求めて一人山陰路へ旅立ちます。その犯人と思しき人物を追いながら、次なる展開に移り、タイトルのように山陰での「殺人事件」に結び付くというストーリーです。アリバイ崩しの名手が贈る長編本格ミステリーとなっています。

 津村秀介ファンには、お馴染みのフリーのルポライター・浦上伸介と、大学の先輩にあたる将棋仲間の毎朝日報横浜支局の谷田実憲、そして神奈川県警の淡路警部の3人が初めて登場するのが、この『山陰殺人事件』です。本作以降、このスタイルを踏襲し、見事な連係プレーで難事件を解決していくわけですが、その意味においてエポックメイキング的な作品と言えるでしょう。

 この『山陰殺人事件』は、1984年1月に「広済堂ブルーブックス」として発売され、以降1986年6月に「広済堂文庫」(ミステリー&ハードノベルス) として、1991年12月に「青樹社BIG BOOKS」として、1993年11月に「青樹社文庫」として、2003年10月に「ワンツーポケットノベルス」として発売されたという履歴を重ねている推理小説です。津村秀介先生が2000年9月に鬼籍に入られた後も、それだけ息長く売れているという証明のようなものですね。

 本来、津村秀介のスタイルというのは、最後に堅牢ともいえるアリバイを少しずつ崩していく過程に魅力があるのですが、本作品はそこへ行きつくまでの複雑な人間関係にこれでもかというほど焦点を当てています。ラストのアリバイ崩しには後年ほどの醍醐味が感じられませんが、ストーリーの展開の妙を楽しむ作品と言えるでしょう。最後の展開には「なるほどな」と唸らせるものがありました。♥♥♥

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