「永井 隆記念館」リニューアル

 爆心地から約700メートルしか離れていない長崎医科大附属病院で、自ら被爆しながらも、負傷者の救護に尽力し、平和を訴え続けた松江北高出身の偉大な大先輩永井 隆(ながいたかし)博士(1908~1951)のふるさと、島根県雲南市の「永井隆記念館」が、このほどリニューアル・オープンしました。永井 隆博士の偉業を顕彰し、「平和を」の精神をこれからも繋いでいくために、現地で建て替え建設工事が三年間進められてきて、4月20日午前9時に、リニューアルオープンしたのです(旧館よりも1.7倍広い)。映像や音声資料なども新たに追加され、永井博士の生涯と功績を、より詳しく知ることが出来るようになりました。背後の山の稜線にマッチして作られた素敵な建物でした。

 永井隆博士は、1歳から小学校卒業までを、雲南市三刀屋町(当時の飯石郡飯石村)で過ごしました。旧飯石小学校、旧制松江中学(補欠3番で合格)・高校(級長)に通い、その後、長崎医科大学(今の長崎大学医学部を主席で卒業)を卒業して医師となり、37歳で原爆で重傷を負いながらも、自らの命を顧みず「如己愛人」の精神に徹し、白血病と闘いながら、負傷者救護や長崎の復興のため、最後までその使命を全うしました。白血病で43歳でお亡くなりになっています。その生き方やふるまい、考え方は今も多くの人に感動と共感を与え続けています。博士の故郷である、当時の三刀屋町は、博士の業績を顕彰し、崇高な精神が次世代に引き継がれることを願って、昭和45年に旧「永井隆記念館」を建設しました。博士の愛にあふれる豊かな人間性を伝える資料を多数展示し、平和学習の拠点としての役割を果たしてきました。記念館は、1970年に当時の三刀屋町立として建てられましたが、完成から半世紀がたち、壁のひびや雨漏りなど、老朽化が目立っていました。トイレなど水回りの設備もなく、建て替えを望む声が強まったことから、市は2018年5月から休館し、現地での建て替えを進めてきました。新たな記念館のオープンを機に、これからも「如己愛人」「平和を」の精神を変わることなく、博士のふるさとから発信していきます。

 私は今日お邪魔してきました。新しい記念館は平屋建て約580平方メートル。外観は、国道側から見た屋根が山の稜線に合うようにデザインされています。総事業費5億400万円。敷地内駐車場の国道54号側には、永井博士の理念や平和への願いを伝えるモニュメント「平和の鐘」(高さ6メートル)が、市民の寄付などで作られています。永井隆博士の住んだ長崎では、かつて原爆で被爆した旧浦上天主堂から毎日鐘の音が響きわたっていました。モニュメントの鐘を吊るす外側のアーチは、礼拝堂の室内のシルエットを表現し、鐘とアーチで「鐘楼」をイメージしています。中央のアーチの上半分は「平和」の意思表示でもある指先を開く「ピース(V)サイン」を、下半分は文字の「人」を表現し、教会での祈りをイメージし、同時に英語の「Peace Sign」と日本語の「人」による多言語を含ませた混成造形としています。モニュメント全体を通して「鐘楼で国を問わず人々が平和(Peace)を願う」という意味を込めています。実に素敵なモニュメントが青空に光り輝いていました。

 記念館の入口右側には、旧記念館の前庭に置かれていた、博士を称えた「頌徳碑」(しょうとくひ)、長崎医学同窓会島根県支部より贈られた「歌碑」が並びます。そして、博士の胸像が穏やかな表情で来館者の皆様を迎えます。

 展示室には、写真や自筆の書、著作など約160点があり、江にも親しんだ永井博士が、病床から子どもたちに描いた絵はがきなども並んでいます。原爆で亡くなった妻のの所持品で、焼け跡から見つかったロザリオの複製は、長崎市の「永井隆記念館」に展示されている実物を、溶けた部分や色まで忠実に再現し、新たに加えました。

 戦後、博士は子どもたちのために「うちらの本箱」と名づけた図書室を自宅横に開設しました。これにならい、館内にも図書室を設置し、幼児向けの絵本や児童書などを中心に約13,000冊を所蔵しています。また顕彰図書室には、博士の著作や戦争・平和に関連する書籍等が並んでいました。

 顕彰図書室から外に出ると、だんだん庭園」が広がっています。その一角には何やら見覚えのある小さな家屋が。そう、長崎「永井隆記念館」に併設されている、博士が暮らしたとされる「如己堂」(にょこどう)です。現地の複製のようですが、長崎まで行く機会のない人たちにとっては、貴重な体験となります。藤原重信館長さんからは、いろいろと貴重なお話しを伺うことができました。ありがとうございました。

 最近、「雲見の里いいし」では、永井隆博士の若い頃の活躍ぶりを、小さなガイドブックにまとめました。永井隆さんの生いたち ガイドブック」(A5判、500円)です。私も早速送ってもらいました。博士の若い頃の人となりを物語る数多くのエピソード満載の冊子でした。

 松江北高出身の大先輩には、このような立派な方が数多くおられるんですが(例えば、総理大臣を2人輩出した高校は北高を含め全国で4校のみ、マクドナルドの社長藤田 田、民法の父梅 謙二郎、大英語学者佐川春水)、残念なことに生徒たちのほとんどは、これらの大先輩を知らないまま卒業していきます。歴史ある伝統をきちんと伝えていくことの大切さを痛感しています。♥♥♥

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