パトリオット死す!

 電車の中で、「日刊スポーツ」を読んでいたら、1990年代の全日本プロレスに参戦していた米国人の覆面レスラー、パトリオット(本名デル・ウィルクス)さんが心臓発作で死去した記事が出ていました。まだ59歳の若さでした。サウスカロライナ大学でアメフト選手だったパトリオットさんは、1988年に米国・AWAでプロレスデビュー。1990年にトルーパーのリングネームで全日本プロレスに初参戦しました。1992年から新リングネームのパトリオットとして再び全日本マットに登場し、米国の星条旗をベースにしたマスクやコスチュームでファイト。人気外国人選手となりました。中堅レスラーで、そんなに強い選手ではなかったんですが、Patriot(愛国者)という名前に惹かれて、何となく応援していたものでした。得意技はグロッギーの相手に向かって、トップロープから飛んでぶち当たっていく「パトリオットミサイル」でした。強い選手に当たると、コロッと負けてしまうところも憎めないレスラーでした。

 米国・WCWを経て1995年から全日本プロレスを主戦場とすると、星条旗を基調としたマスクとコスチュームの覆面レスラーに転身し、1993年にはジ・イーグルとのコンビで「第60代アジアタッグ王者」に輝きました。1996年には小橋建太とのコンビで世界タッグ王座にも挑戦しています。1997年にはWWF(WWE)に移籍。ブレット・ハートとの熾烈な抗争を繰り広げています。しかし故障続きでマットから離れ、米メディアによると自動車販売の仕事に携わっていたといいます。追悼のコメントが寄せられています。♥♥♥

パトリオットが亡くなったと連絡が入った。 近年、Twitterで繋がっていたのでビックリしました。 一つ一つの動きを身体全体で表現するのでマスクを被っているのに表情を感じた。熱く素晴らしい選手でした。59歳は若い。ご冥福をお祈りします。(小橋建太)

驚きました… 入場から試合まで全てが格好良かった ダイナミックかつパワフルな試合スタイルにとても影響を受けました。 リングを降りたら非常に心優しい方でした… とても残念です。(大森隆男)

朝から悲しいニュースだな… リングを降りれば紳士、そのままの人だった。 ご冥福をお祈りいたします。(秋山 準)

ガキの頃 夢中になって見てた90年代全日本プロレス。俺の中ではスターの1人だった。夢をありがとう。(タイチ)

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