宮国椋丞

▲「スポーツ報知」より

 9月7日、大好きな巨人横浜ベイスターズに敗れました。頼みのエース菅野が崩れ、敗戦となったわけですが、この日の敗戦は悔しいけれど、ある意味で嬉しい敗戦でもありました。昨年巨人を戦力外となった宮国椋丞(みやぐにりょうすけ)投手が先発して、菅野に投げ勝って勝利投手となったのです。宮国投手は巨人時代から好きなピッチャーで、2013年には開幕投手を務めたほど期待されていた若手でした。長嶋終身名誉監督もキャンプ地を訪れ、激励していたのを思い出します。その宮国が巨人を追われ、12球団合同トライアウトを受験するも、どこも手を挙げる球団もありませんでした。それでも現役を諦めることなく、一人で黙々と練習を続けていました。コロナ禍も重なって、練習場所を確保するにも苦労したと言います。極秘で横浜の入団テストを受け、3月15日育成選手として契約してもらいました。巨人をクビになって以来、ずーっと彼の動向には注目してきました。スポーツ新聞にちょこっと小さな記事が出る度に、切り抜いてスクラップしてきました。こういう苦労した選手が陽の目を見るのは嬉しいものです。

 左手でウィニングボールを握りしめた宮国が一塁ベンチ前でグータッチをかわした。移籍後初登板初先発で5回2失点。ヒーローインタビューで「初めまして、宮国と申します」とかましてハマスタ初笑いもゲットしました。17年7月12日のヤクルト戦以来、1518日ぶりとなる白星の味をかみしめていました。「意識しないといったらうそになる」と昨季まで着ていた巨人のユニホームを相手にして気持ちの高ぶりを隠せず、初回に2失点。2回以降は「このままズルズルいったら何も成長できていない」と自分に言い聞かせ、140キロ台後半の直球にシュート、スライダーなどの変化球を低めに集めて無失点で切り抜けて、味方の反撃を呼び込みました。

 「素直にうれしいです。マウンドに立てる喜びをかみ締めて投げました」とお世話になった人、苦悩の日々を思い出しながら腕を振りましたえ。昨季巨人から戦力外通告を受けたが、DeNA入団は3月まで決まりませんでした。浪人中はコロナ禍も重なって練習場所の確保にも苦労し、地元・沖縄の海岸で走ることもありました。

 1月は巨人時代から慕っている西武・内海らと自主トレ。2月になり各球団のキャンプが始まっても、契約してくれるチームは見つかりませんでした。あてのない苦しい日々でしたが、それでも野球を続けたのは、巨人時代2017年に、56歳で亡くなった父・透さんの「投げられるのだったら、一年でも長く野球を続けなさい」との言葉を心に刻んでいたからでした。負ければ自力CS進出の可能性が消滅していた試合で、尊敬する菅野との投げ合いを制して、今季の本拠地巨人戦初勝利をもたらした右腕が、劇的な復活を遂げました。諦めない気持ちと、支えてくれた周囲の思いやりが実を結んだ瞬間でした。

 宮国にとって、投げ合った菅野は、野球以外の面でも尊敬し続けてきた師匠です。14年以降、米アリゾナやハワイの自主トレに同行。投手としての技術や練習方も学んだが、最も心に残った教えは「気づき」の重要性でした。「私生活も含めていろんなところで目配り、気配りだったり、そういうことができないとマウンドで相手打者の少しの変化にも気づけない、と常日頃から言われていた」と胸に深く刻んでいます。共に食事をすれば、先輩ながらも後輩が席を外せば料理をとりわける。キャッチボール中でも少しの変化を見逃さずに助言をもらっています。「先輩ですけどすごく後輩に気を使いますし、後輩より先に気づくことも多い」。かつては150キロを超える直球が主体だったが、この日は最速147キロながら低め、両コーナーに丁寧にボールを集め、「自分のボールの数値と照らし合わせてそういうピッチングも必要」と自身の変化に気づいて、新天地での1勝をつかみとりました。

 練習場所が見つからず、宮国の恩師である元巨人コーチの小谷正勝氏のつてを頼りました。練習場所の確保は難しく、40日間で公園を含め計8カ所を転々としたが、困難をもプラスへと変えたのです。自主キャンプを支えたのは、西武・内海投手の巨人時代の個人トレーナーの保田貴さんです。「いろんな方にお電話したんですが、練習場所を探しながら「宮国、頑張ってますよ」「宮国、元気ですよ」と知ってもらえたらなと。もしかしたら、プロ野球関係者の方にも届くかもしれないなと。」忘れられない光景がありました。ある日の夕方、練習場所が取れず、河川敷での練習中、野球場が遠くに見えました。「『帰る場所』はあそこ。絶対、あの場所に帰ろう」。二人三脚で汗を流した40日間を経て、2人で誓った地に立ちました。

 古巣相手の勝利は「(プロ初勝利とは)また違ったうれしさ、感情があります。今回は周りの方々への感謝を持って、少しでも恩返しをと。大変うれしく思います。ウィニングボールはおやじに見せようと思います」「正直ホッとしています。初回に点を取られてどうなるかと思いましたが、粘っていれば野手の皆さんが打ってくれると信じていました。楽しさ、喜びもありましたが、一番は支えてくれた周りの方に感謝の気持ちを持ちながら投げました」と、悲願の劇的復活を喜びました。前年までいた巨人から他球団に移籍して、古巣との初対戦で勝利は、1979年に阪神にトレードされた小林 繁以来42年ぶりの快挙です。♥♥♥

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