初心忘るべからず

 「初心忘るべからず、このことわざを聞いたことがない人はほとんどいないでしょう。このことわざは、「物事に慣れてくると、とかく慢心してしまいがちであるが、始めたときの新鮮で謙虚な気持ち、志を忘れてはいけない」との解釈が一般的だと思います。英語で言えば、Don’t forget the spirit with which you began./ We should not lose the fresh spirit that we had  at the beginning./ Keep your mind as open as when you began to learn the art.のようになるでしょうか。実際に、私も人に教えてもらうまでは、そのような意味で理解し、使っていたと思います。しかしこのことわざは、そのルーツをたどってみると、そんなに生易しい意味ではないことが分かってきます。

 このことわざのオリジネーターは、室町時代に能楽を大成させた世阿弥(ぜあみ)であり、世阿弥が、晩年60歳を過ぎた頃に書かれた『花鏡』の結びとして、次のように書いています。


「しかれば当流に万能一徳の一句あり。 初心忘るべからず。この句、三ヶ条の口伝あり。是非とも初心忘るべからず時々の初心忘るべからず老後の初心忘るべからず。この三、よくよく口伝すべし」


 世阿弥の言う「初心」とは「始めた頃の気持ちや志」すなわち「初志」ではなく、「芸の未熟さ」、つまり「初心者の頃のみっともなさ」なのです。初心者の頃のみっともなさ、未熟さを折にふれて思い出すことにより、「二度とあのみじめな状態には戻りたくない」と思うことで、さらに精進できるのだ、と彼は説いているのですね。そして、若い頃の未熟な芸を忘れることがなければ、そこから向上した今の芸も、正しく認識できる、判断基準として向上させていかねばならないとしています。さらに、これには続きがあります。「時々の初心を忘るべからず」、若き日の未熟な状態から抜け出した後、年盛りから老後に至るまでの各段階で年相応の芸を学んできたのだから、初めての境地を覚えておくことにより、幅広い芸が可能になると説いているのです。その年齢にふさわしい芸に挑むということは、その段階においては初心者であり、やはり未熟さ、つたなさがあるから、その一つ一つを忘れてはならないということです。そして最後に「老後の初心を忘るべからず」です。老後にさえふさわしい芸を学ぶ初心があり、それを忘れずに限りない芸の向上を目指すべし、と説いています。年をとったからもういいとか、完成したということはないのです。限りのない芸の向上を目指すべしと説いているのですね。みなさんも例えば、外国人と初めてコミュニケーションしたときに、全く英語が思い浮かばず、言いたいことが3分の1も伝わらない!といったことや、簿記を習熟しきれておらず、実際の試験で3分の1も解けない!なんてこともあったかと思います。そんなとき、あんな屈辱は二度と味わいたくないと奮起して頑張れ、と世阿弥は教えてくれているのです。そして初心者を抜け出したと(例えばTOEIC900点とりましたと、簿記1級合格しましたとか)しても慢心することなく、当時の屈辱感をときどきは思い出し、また道に励め、そして初心者の頃からどれだけ良くなったのかを振り返れと、さらに玄人の域に入った後も、道に終わりはなく、常に向上心を持ちなさい、と我々に語りかけているのです。学習と芸が全く同じかどうかは分かりませんが、ひとつの「道」を極めようとした人間から発せられた言葉が、何かの「道」を進もう、極めようとする人にとって非常に参考になることは言うまでもないでしょう。学習に行き詰まったり、モチベーションが上がらないというときは、「初志貫徹」という言葉も良いですが、「初心忘れるべからず」と自分を奮い立たせてみるのも良いかもしれませんね。初心、すなわち自分がまだ未熟だった頃のことを思い出すというのも、人生の道に迷ったときの一つの手でしょう。油断したり、おごり高ぶったりする気持ちを戒め、謙虚な気持ちで道を選びたいものです。♥♥♥

▲私の好きな花、秋桜(コスモス)

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