河上道生先生を偲ぶ

 9月18日に開催された「日本英語教育史学会 第284回研究例会」(オンライン)において、田邉祐司専修大学文学部教授が、「回想  英語名人 河上道生先生のこと」と題して講演をなさいました。その概要を、最近「Asahi Weekly」11月21日号に書いておられます。「同時通訳の神様」であられた 國弘正雄先生(1930―2014)が、「英語のライバルは?」と尋ねられた際に、真っ先にその名を挙げたのが、河上道生先生(1925―2012)でした。河上先生は英語学、英文法・語法を専門にされましたが、その英語力は机上に留まらず、実践でもすさまじい切れ味を誇りました。先生はどのようにして國弘氏を驚嘆させる英語運用能力を身につけられたのか。ご逝去から9年が経ち、若き英語学徒の中には先生のことを知らない世代が増えています。河上道生という英語名人の歩みと業績、そして何よりも、その英語学習法、習得の信念など、先生から直接伝授されたことを元に、個人的な思い入れを交えた回想録となっていました(写真下)。私も若い頃に河上先生に親しく教えを受けたことがあったので、興味深く読ませていただきました。

▲河上先生を偲ぶ田邉先生の想い出

 あの國弘先生がライバル視した河上先生が、その國弘先生のことを評して次のように書いておられます。互いに尊敬し合う存在であったことが分かりますね。

 この夏ある講習会で、テレビ英会話の講師であり、すぐれた通訳者でもある國弘正雄氏と一緒に数日を過ごす機会があった。同氏は講演のなかで氏自身の英語学習に言及し、中学時代の英語教科書を何千回も音読したと語り、中学のテキストをマスターすることが重要であり、ほんとうに中学の教科書を完全にものにしている日本人は、そう数多くはないだろうと述べられた。…私は昨年、語学教育振興会が行った大学生対象の集中訓練の指導教官会議の席で、氏のあいさつを聞いて深い感銘を受けていた。氏が相当期間米国に滞在していたことを考慮に入れても、なお氏の英語が抜群であることに変わりない。英語圏に住んだ年数が多くても、英語が不正確な人のほうが多いからである。何はともあれ、國弘氏の英語には文法上の誤りがない。これは日本人の英語としては珍しいことである。このことは氏が中学時代の英語を徹底的に学んだことで説明されるとわたしは思う。氏は英語を暗唱すべきだとは強調されなかったが、それほどまで音読した氏がテキストを暗記されたことは疑う余地がない。私は機会あるごとに中学テキストを暗記することが将来の基礎を作ることであることを強調している。文法も文型練習も有益な教授上の技術ではあるが、学習者が、すべての課ではないにしても、かなりの数の課を暗記するという仕上げの段階を抜いては、将来英語を書いたり、話したりするための十分な基礎は作れないというわたしの信念は、経験と、かなり多くの日本人の英語を観察したところに基づくものである。

▲河上道生先生を招いての勉強会(左から三人目が河上先生)

 河上先生は、『英語教育』(大修館)誌のQUESTION BOX欄の回答者として、長年明快な回答をお書きになっていたことで知られています。もうずいぶん前のことになりますが、松江南高校東京書籍の「ニューホライズン」の作文の教科書を使っていた時に、その「指導書」の精緻な記述に魅せられました。こんなにまで踏み込んだ指導書は他にはないと思いました。それを書いておられたのが河上先生です(広島女子大学学長)。東京書籍のご厚意で、河上先生を松江にお招きして(ホテル一畑)、松江在住の英語教員で勉強会を開催したのが、河上先生との初めての出会いでした(写真上)。私も英語の語法に興味を持っており、辞書の仕事をしていた関係で、以来、ことある度毎に丁寧にご教示をいただきました。突然、大量の資料をお送り頂いて、「これを勉強しなさい」とお手紙を頂いたことが何度もあります。河上先生の解説の背後には、これだけの資料の裏付けがあるのか~、とため息が出たことも何度もありました。先生の代表作はなんと言っても『英語参考書の誤りを正す』(大修館、1980年)ならびに『英語の参考書の誤りとその原因をつく』(大修館、1991年)ですよね(その後『英作文参考書の誤りを正す』(大修館、1992年)『これでいいのか大学入試英語(上)(下)』(大修館、1997年)を著わされました)。英語教育界に与えたインパクトはとてつもなく大きなものがありました。先生はあるとき「八幡さん、あの本を書いたのは自分の学者人生においてマイナスでした」と、ボソッと私に心情を吐露されたのが印象的でした。あの本で日本中を敵に回してしまった苦悩がおありだったのだと思います。でもあれらの本のおかげで、我が国の受験界の英語がずいぶん自然なものになり、日本の参考書はずいぶん改善されたはずです。河上先生のご功績を、今一度再評価すべきと感じています。

 河上先生は、当代きっての英語の使い手であられ、デクレヤル国連事務総長カーター米大統領マザーテレサさんが来日のときに、通訳として見事な英語を操られました。故・西山 千氏、故・國弘正雄氏と並ぶ、いや、それを凌駕するほどの英語の達人であったことを、みなさんはご存じですか。河上先生は、敗戦後、中国地方にoccupation armyが来たときの通訳者でした。民間裁判、MP裁判に立ち会われたときの裁判記録が現在もニュージーランドの公文書館に保存されていて、英語の誤り(冠詞、コロケーションなどを含む)が一切なく、言語教育の専門家の間ではもはや神格化されている先生でした。今回の田邉先生の記事の中でも、河上先生の英語の切れ味の鋭さが語られていました。♥♥♥

▲日本の英語教育界に衝撃を与えた河上先生の名著

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