『悪役レスラーのやさしい素顔』

◎私、プロレスの味方です〔笑〕

 昭和プロレスの黄金時代、「金曜8時のゴールデンタイム」時代の新日本プロレスの名物レフェリーとして活躍したミスター高橋さん。レフリーだけでなく、来日する外国人選手の世話係も務めた著者が、悪役レスラーの知られざる素顔を明かした本が『悪役レスラーのやさしい素顔』(双葉社、2015年)でした。私は週刊大衆』に連載当時から、ずっと楽しみに読んでいました。私も夢中になった黄金時代新日本プロレスの外人レスラーとの交流を綴った作品です。自宅アルバムに眠っていた悪役たちの秘蔵プライベートショット写真(3,000枚の中から)も多数掲載されており、アンドレ・ザ・ジャイアント、タイガージェット・シン、ハルク・ホーガン、スタン・ハンセン、ブルーザー・ブロディ、ダイナマイト・キッド……金曜8時の当時の記憶・興奮が甦ります!

 「プロレスとはエンターテイメント・スポーツである。観客を興奮させ、楽しませるために、レスラーは鍛え上げた肉体と技で白熱した攻防を展開し、フィニッシュへと向かっていく。誤解しないでほしいのだが、フィニッシュが決まっていると言っても、負け役はそこに至るまで自らの肉体と感性のみを頼りに臨機応変に動き続けなければならない。これがレスラーにとって最も重要な“うまさ”だ。うまい選手ほど、相手を引き立てながら、自分をアピールし、観客を納得させた上でフィニッシュへと向かっていく。人の心を動かす、などと文字にするのは簡単だが、これをリングで実現するのは並大抵のことではない」(ミスター高橋)

 プロレスは、エンターテイメント・スポーツです。観客を刺激・興奮させ、楽しませるために、レスラーは己の鍛え上げた肉体と高度な技術で白熱の攻防を見せ、あらかじめ決められた(!)フィニッシュへと向かっていきます。いわば、過程を見せるスポーツであり、決められた(!)“おおまかな流れ”に、レスラーそれぞれの感性・個性から生まれるアドリブが加わり、試合=作品が生まれるのです。

 私はレフェリーと同時にマッチメーカーも長らくやっていました。勝敗や試合の展開を、たとえば猪木さんが出る試合なら“フィニッシュを、こうしたい”といった意向を打ち合わせ、決まったら相手の外国人レスラーに伝えるんです。フィニッシュが決まっていると言っても、負けるほうも、そこまでは自分で考えて臨機応変に動かなければならない。これがレスラーに一番大切な“うまさ”なんですよ。下手なヤ?ツとは“決められたこと”しかできない。うまい選手は、猪木さんを引き立たせて、観客を納得させ、自分をアピールしたうえで、フィニッシュ技を受けて負ける。あるいは、その週のテレビ放送で完結しないなら、観客の気を引きながらドラマを次週まで引っ張っていく。シン、アンドレ、ハンセン、ディック・マードック、ダイナマイト・キッドなど、一流と言われるレスラーはこうしたアドリブがみんな天才的にうまいんです。新日本プロレス黄金時代は、そうした頭の良い、センスのある外国人レスラーたちが支えていた。あの時期、悪役と言われる彼らの素顔に触れられたことは今でも私の宝物です。リングを下りれば、多くが心優しいナイスガイばかり。悪役レスラーたちのそんな素の姿を皆さんにお伝えできれば、と思っています。

 いい本ではあるのですが、この著者、私はどうしても好きになれません「プロレスは勝敗があらかじめ決まっている」という「みんながそうなのではないか?と思ってはいたものの、そこはそーっとしておいてほしかった事実」を世間にネタバラシしてしまった人で(『流血の魔術 最強の演技』)、個人的には好きになれないんです。そもそも、それを「内部の人間」だった人が「告発」するのってどうなんだ、と。でも、あれからもうだいぶ時間も経ち、「それはそれで、プロレスという世界は、やっぱり面白かった」とようやく悟れた私には、高橋さんがこの本で紹介している、「昭和の新日本プロレスを支えた悪役外国人レスラーたちの素顔」は、とても懐かしく、そして、煌めいているのです。

 レスラーたちの身近にいた人ならではの意外・仰天の数多くの証言・エピソードが満載の本ですが、私はトンパチであった故・ディック・マードック(突然の心臓発作で49歳の若さで亡くなった)のエピソードを面白く読みました。

 彼は欲のないレスラーで、最高峰のNWAチャンピオンになるチャンスもあったが、ベルトというものにまったく興味を示さなかった。
「あんなベルトはいらねえ。チャンピオンになると試合が増えて忙しくなる。俺は忙しいのは嫌いだ」
 チャンピオンになって試合が増えたほうが、多くのカネを稼ぐことができる。だが、「カネなんかいらない」というのが彼のスタンス。カネに縛られるよりも、自由奔放に生きたい―それがマードックの人生観だったのだろう。
 マードックの実力を認めていた猪木さんがある時、私にこんなことを言った。
「一度でいいから、マードックの真剣な試合を見てみたいものだ。あいつが本気を出したら、ものすごい試合になるはずだ」
 その言葉をマードックに伝えたところ、「そうか、じゃあ、たまにはやってみよう」と、珍しく“その気”になった。
 ちょうどその日、藤波辰爾さんとのシングルが組まれていた。やる気になったマードックは、藤波さんの目の縁に黒たんができるほど生のパンチを繰り出す。関節技にしても、通常よりも深く締め上げ、文字どおり“すごい試合”をしたのだ。
 試合後、上機嫌のマードックが「ピーター、これでいいのかい?」と聞いてきたのだが、私は答えに困ってしまった。一方、藤波さんはワケがわからず、「高橋さん、何を焚きつけたんですか!」と口を尖らせていたが、無理もない。今思えば、本当に悪いことをしてしまったものだ。
 マードックにとっては、こうした試合はやろうと思えば、いつでもできるものだった。だが、彼の哲学では「そんなものはプロレスではない」。これも一つのプロ意識なのだ。

  「自分が強い」ことをただ誇示するだけではなく、「対戦相手を強く、魅力的に見せられること」こそが一流レスラーの必須条件なのです。圧倒的な実力差を見せつけ、相手を一方的に叩きのめすような「試合」は、ヘタクソのやること、なんですね。新しく出て来た大々的に売り出したい人の「顔見せ」ならともかく。全盛期のアントニオ猪木は、「ホウキ(掃除用具の)が相手でも、すごい試合ができる」と言われていましたものね。♥♥♥

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