渡部昇一先生のエピソード(12)~書斎を持つ

 尊敬する故・渡部昇一先生が、練馬関町の自宅を払い、あのお年で借金までして180坪の新居、そのうち書庫は100坪!の家に移られたことは衝撃でもあり、記憶に残ることでした。会員制の「昇一塾」では、その豪勢な書斎の全貌を写真で見ることができたのですが、男の隠れ家増刊『21世紀知的経済自由人の生き方』(朝日新聞出版)と題する本が出版され、「あの人の書斎を見てみたい~渡部昇一氏を訪ねて」と銘打って、渡部先生の書斎が巻頭で大特集されました。本田 健さんとの対談なんですが、そこには先生の学問に対する真摯な姿勢や情熱が縷々語られています。このとんでもない先生の「書斎」の具体的イメージは、先生が大学院に進まれたときに出来上がったものでした。

 先生が海外留学から帰ってきた直後、大学院生の時に、たまたま上智大学に管理人室の付いた新しい図書館ができました。図書館司書ではなく建物の管理人ですから、仕事は大したことではありません。大学が7時に終われば、3階建ての建物の窓が全部閉まっているかをチェックし、玄関に錠をかけるだけです。するとこの建物は先生の「城」となりました。当時の上智大学には国際学部(インターナショナル・ディビジョン)という、アメリカ人の兵隊さんなどが来るコースがあって、それがある日は夜の9時頃になります。仕事はそれだけで、他には何もありません。掃除もしなくていい。タダで住めることが報酬で、管理料は出ません。早速先生は申し込まれました。

 先生にとって、この図書館の住み込み宿直員はすごい体験でした。夜になると完全な静寂が訪れます。夜中に一度か二度、シェパードを連れた警備員が回ってきて、この人に会うと挨拶するだけです。当たりたい本があったり、調べたいことがあると、図書館の書庫に行けばすぐに解決します。昼間に本を借りようと思ったら、蔵書カードで検索をして、申込書を記入してカウンターに持って行き、出庫してくれるのを待たなければなりません。挙げ句に「閲覧中」「貸し出し中」と言われることも度々ありました。図書館に住み込んでしまえば、書庫に行って自分で好きな本を取り出せばいい。誰も閲覧していないし、重要な本は貸し出し禁止ですから、先生が見たい本は必ずあります。しかも同じ書棚に置かれているもっと参考になる本が眼に入ったりすることも度々ありました。考えごとをする時は、自分の城でもある真夜中の図書館を一人コツコツと歩くのでした。こうして先生はプラトン全集を読み、アリストテレスの著作の相当の部分を読みました。

 借り物ながら、巨大な書斎のある生活を体験した渡部先生は、見たい本がすぐに見られる―つまり自分の書斎を持つ―ことはすごい時間の節約になるのだと実感されたのです。そして、この図書館は全学部用の本が入っているから大きいけれど、先生が関心のある分野だけであれば、この何千分の一の大きさの図書館でいい、そういう個人の図書館を持ちたいと、先生の中で「書斎」のイメージが鮮明なものとなって具体化したのでした。貴重な本がいっぱいあって、自由に手に取って読める。「ああ、こんな図書に囲まれていたら幸せだなあ」と、より鮮明になった書斎のイメージが離れませんでした。それで、書斎が持てる状況になるまでは結婚しないと覚悟を決められたのでした。先生が結婚されたのは、ちょうど30歳の時で、書斎を持ち、本を自分の傍に集めておけるようになってからでした。書斎のイメージが結婚のタイミングを決めたことになったわけです。

 私も渡部先生のようにはいきませんが、家を建てた時には、書庫」お風呂」だけは特注して夢を叶えたものです。本に囲まれた生活です。⇒「八幡家の書庫」についてはコチラに詳しく書きました。♥♥♥

▲八幡家の「書庫」です

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