「経験は最良の教師」

 「共通テスト」の自己採点結果が判明するにつれて、ショックを受けて勉強が手につかなくなっている生徒が目につきます。それにしても、三年間検定教科書をしっかり真面目に勉強してきた生徒が、全国平均37.96点(中間集計最新版)という数学ⅠBの結果はどう受けとめたらいいのでしょう。問題作成部会には高校現場の先生も含まれているはずなのに、この結果が見通せなかったのでしょうか?「怠慢」と言わざるを得ません。

 そんな動揺している生徒たちに、リサーチ結果票をそのまま鵜呑みにして生徒に返却したり、二次出願を前にパソコンの判定システムを見せながら「A判定だから頑張れ!」「B判定だから何とかいけるだろう」「C、Dではチョットきついな」といった生徒面接を見ていると、進路指導に長年関わった人間としては、非常に違和感を感じます。「判定システム」ABだは、自己採点時の志望校を基にした分布での数字であって、あれから大きく受験生の志望は間違いなく動いています。A判定でも落ちますし、CDでも合格を勝ち取った生徒はたくさんいます。 「二次逆転に向けて頑張れ!」といった言葉もむなしく響きます。私は以前の今頃、「二次逆転?」と題して、都合の良い安易な信じ込みは危険であることの警鐘を鳴らしています。⇒コチラをご覧ください  「努力はきっと報われる」ということに関しても、「努力すれば必ず結果が出る」と勘違いする生徒がずいぶんいますが、そこには2つの注意が必要です。それが「正しい努力」であること。間違った努力をいくら積み上げても、目標にはたどり着くことは不可能です。もう一つは「努力に即効性はない」ということ。結果が出るには長い月日が必要なんです。受験では3ヶ月から4ヶ月と思います。

 今年のような荒れた入試のときには、なおさら判定の意味はありません。団子状態になっている集団で、Aだ、Dだと言ってみても何の意味もないでしょう。A判定でも落ちますし、C、D判定でも合格を勝ち取る生徒が出てくるでしょう。さらには大きく難化した「共通テスト」の結果を受けて大幅に志望校が動きますから、そこをしっかりと見極めておかねばなりません。実際、河合塾の調査によれば、志望校変更が相次いでいる実態が報告されています。「安全策を取って志望変更した先の大学や学部に、新たに志願者が集中し、倍率が上がって結果的に危険策となってしまった」現象が、大きく平均点を落とした平成25年の大学入試センターでも見られました。「歴史は繰り返す」のです。では、どうすべきなのか?私の退職時に、「退職を祝う会」開いてくれ、こんな言葉を贈ってくれた当時の教え子がいます。二次科目とにらめっこして緻密な計算の上に送り出した生徒です。読み通り、逆転合格を果たしてくれました。


センター試験が終わって先生との進路相談に進路指導室に行ったとき、センターがボーダーにもかかっていなかったのに、「お前は二次の力があるから大丈夫だろ」と一言で終わりました。今では塾で生徒に接する立場にいながら、あの一言が言えるくらいに生徒を育てたことがなく、今もその言葉を追いかけているように思います。直接感謝を述べたいところですが、またの機会を楽しみに、お体を大事にしてくださいね。♦♦♦


 そもそも、この時期に必要な指導とは何でしょうか?私は長らく担任や進路部長をしていた頃は、この時期には二つのことを意識して指導していました。一つは、二次で逆転できるのは、二次試験の配点の1割と考えること。二次配点が大きい大学ほど、逆転の幅も大きくなります。二次配点が100点しかない大学は、10点しかありませんから、まず無理ですね。使う二次科目が得意科目かどうかをそのこととにらめっこして作戦を立てていました。一応予備校等が設定しているBライン(合格可能性50~60%)までの自分の得点差がこの10%以内に入っておればひっくり返すことができます。もちろんその範囲内であれば、逆にひっくり返される場合もあるということです。上の生徒の場合は、二次科目が数学だけで、理系でめっちゃ数学には強い生徒でした。センター試験の得点は足りませんでしたが、この1割以内にちゃんと入っていましたし、いくらでもひっくり返せると確信しての出願でした。

 もう一つは、「共通テスト」も終わり、自分の持ち点が出ています(自己採点が正確であることが前提です)。自分の志望大学・学部・学科の配点(傾斜配点)に応じて、「傾斜得点」が分かります。各大学はそれぞれのホームページでここ数年間の「合格最低点」を学部ごとに公表していますから(ほぼ例年同じ様な点です)、それから自分の「傾斜得点」を引き算します。すると、これから自分が合格を勝ち取るために「二次試験」で取らなければいけない最低得点が出てきます。それを、自分の二次科目の得意・不得意に合わせて、二次配点とにらめっこしながら、どうクリアするのか戦略を立てるのです。不安な生徒にはきちんと時間を計って過去問をやらせてきて、この目標点に届くかどうかを、その都度確認していきます。かつての松江北高の2日がかりの「最終志望校判定会」では、これを生徒一人一人にやっていましたから、時間がかかり、終わるのは翌日の深夜2時・3時ということもざらでした(終わってからみんなで焼き肉を食べに行って朝まで!)。自分の得点を活かすために、具体的に志望校と向き合うということが必要です。もうこの時期に精神論は要りません。

 こうした荒れた入試の時には、経験が物を言います。ショックを受けている生徒と一緒になってジタバタしても始まりません。一人一人の生徒に関して、上で述べたような声かけをして、二次試験に向かって火をつけてやることが最も大切なことです。私はこのようなことを、何度も経験して先輩の先生方から学んで来ました。

経験は最良の教師である。ただし授業料は高い。 ―トーマス・カーライル(思想家)

 これは、19世紀に活躍したイギリスの歴史家で思想家、トーマス・カーライルの言葉です。トーマス・カーライルは、スコットランド出身。ドイツの哲学者ゲーテとの交流でも知られ、夏目漱石内村鑑三など、日本の文化人にも多くの影響を与えたと言われています。哲学や宗教、歴史に関する著書も多く、数々の名言も残しています。その一つが今日の言葉。「経験は最良の教師である。ただし授業料は高い。」例えば「恋愛」に置き換えたら、小説や映画で知識を積むより、実際に恋愛を経験することでわかることがたくさんあります。人の経験を聞くよりも、自分で実際に体験することがもっとも身につく、あるいは、知識よりも体験によって知恵を得られるということです。文字映像で得る情報よりも、経験で得る情報はより記憶にとどまることが脳科学に裏打ちされているのです。最も記憶に深く残るのが、「情道とセットの記憶」であることが分かっています。「あのときは大変だったなあ」「あんな恥ずかしい思いは二度としたくない」「あれは最高に可笑しかった」「めちゃ嬉しかった」といった感情の動き(=情動)は、記憶と五感を紐付けさせ、より深い学びとなり、記憶を思い出すきっかけが増えることになるのです。

 Experience is the best teacher.(経験は最良の教師である) 失敗経験は成功体験とともに、最良かつ最強の教師なのです。♥♥♥

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