頑張れ!田中寅彦九段

 私は若い頃は将棋にのぼせていたものです。学園祭などで催される将棋大会に出場しては、生徒とトーナメント対局をしたり、定期考査の時には、教員の有志たちで集まって将棋大会を企画したりもしました。加藤一二三(ひふみん)九段が好きで、矢倉をもっぱら指していました。もう長年やっていないので、将棋部の生徒たちにも全く勝てなくなりました。それともう一人好きな棋士がいました。居飛車穴熊の考案者・田中寅彦(たなかとらひこ)九段です。当時無敵だった羽生名人にめっぽう強く、「羽生キラー」として恐れられました。その田中九段が最近ニュースを賑わせています。

 藤井聡太四冠渡辺明三冠の王将戦がもっぱら話題になる中で、1人のタイトル経験棋士が引退ぎりぎりの戦いを強いられています。田中寅彦九段です。「序盤のエジソン」と棋士仲間うちでリスペクトされたほどの革新的な作戦家として知られています。大山康晴十五世名人の影響下にあって「振り飛車」が猛威を振るっていた1970年代に、その決定的な対策として居飛車穴熊を連採。古い将棋にもあった言わばゲテモノ作戦に、研ぎ澄まされたプロ感覚を注入して練りに練り上げ、「寅ちゃん流」にまで高めたことで、27歳でのA級入りを果たしました。「堅い、攻めてる、切れない」の3要素が、田中九段居飛車穴熊を指すときの絶対的大局観でした。また、飛車先不突矢倉の発明も田中九段によるものでした。私たちの将棋の常識を覆す作戦家でしたね。

 A級に6期、竜王戦の最上級1組にも9期在籍し、1988年には棋聖のタイトルも獲得した田中九段ですが、現在は順位戦の最下級、C級2組にいます。しかも降級点を2つ持っていて、あと1つ降級点をもらうとその地位からも滑り落ちることになります。プロ棋士にも細かい定年制度があり、4月29日に65歳の誕生日を迎える田中九段は、いままさにその対象者となりかけているのです。「60歳以上でC級2組から降級したら引退」の規定。つまり、今年度の順位戦で田中九段が降級点を取ってしまうと、その引退規定に引っかかってしまうのです。「その規定は、私が理事職のときに私自身が強く主張してできたものです。そこまで指せたらもういいでしょう、と会議の場で言った記憶がありますが、それがピッタリ自分に返ってくるとは思いませんでした」と、皮肉な運命を振り返ります。

 「感覚の変化について行けていない自覚は、実は早い時期から感じていました。とはいえ、経験という武器で自然にクリアできていくものだろうとも思っていたんですよ。しかし、そのスピードはあまりにも速過ぎました」と、田中九段の嘆息です。AI導入の必要性を感じながら、大きく出遅れてしまった劣等感のような思いを乗り越えられずに、いまだに研究に取り入れられていない棋士が実は少なくないといいます。それを、アナログ世代、デジタル世代と単純に色分けするだけで済む話ではなさそうです。出遅れても、AIを玩具のように可愛がって手の内に入れかけている森内俊之九段のような棋士も存在するのですから。

 田中九段の今期の順位戦は、今のところ8戦を終えて1勝7敗。53人の大所帯で、昇級2人、降級点11人を争う戦いで、ここまで来てしまえば残り2戦を連勝する以外に生き残る道はありません。「2月10日の黒沢怜生六段戦が鬼勝負になります」と。相手はここまで6勝2敗と昇級の可能性を残しているデジタル棋士。地位をかけた戦いはその内容にも大いに注目したいと思います。頑張って欲しいと期待しています。

 それと2020年、田中九段は、TBS系「ひるおび」にも生出演し、今をときめく藤井四冠について、「コンピューター選手権で優勝したソフトが読むと最善手。それを23分で指した。それを彼は本能で分かってる。人間のレベルじゃなく、コンピューターの先のレベルをウロウロしてるのかな、と。それを私は感動しました。ミュータントですね。どこまで強くなっていくのか。成長過程でこれです」と、人間離れした藤井四冠の将棋頭脳に舌を巻いていました。また「羽生(善治九段)以上の棋士は生まれないと思ったが、どうも、これを見てると間違いだったな、とそんな気がしてならない」とも語っていました。♥♥♥

【追記】 この田中九段「羽生キラー」として知られていましたが、その憎たらしいくらいに強かった羽生十九世名人が窮地に陥っています。羽生九段A級順位戦で2勝5敗と大きく負け越していて、A級陥落のピンチにあるのです。羽生九段はA級に連続29期在籍しています。あと1敗するとB級1組に降級することになります。果たして……?あの強かった羽生さんも年齢による衰えには勝てなかったということでしょうかね。時代の流れということなのでしょう。

 続報です。その羽生九段(51歳)は2月4日、東京・将棋会館で行われた第80期A級順位戦の8回戦で、永瀬拓矢王座(29歳)に78手で敗れて2勝6敗となり、最終9回戦を待たずして、B級1組への降級が決まりました。羽生九段A級在位連続29期(名人在位9期を含む)での降級となりました。これを考えると、あの大山康晴名人連続44期A級在位のままお亡くなりになったのが、いかにとてつもない記録かが分かりますね。

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