西村京太郎先生ご逝去

 3月6日(日)に、私が今までにこのブログに書き溜めた西村京太郎先生の記事へのアクセスが異様に多いことに気がつきました。「いったいどうしたんだろう?」と不思議に思っていたら、西村先生の訃報が入ってきました。トラベルミステリーの第一人者として長く活躍した作家の西村京太郎(にしむら きょうたろう、本名・矢島喜八郎=やじま・きはちろう)先生が、3月3日午後5時5分、肝臓がんのため神奈川県湯河原町の病院で死去されました。91歳でした。著作は累計2億部を超えます。2017年には、陸軍幼年学校時代を振り返った新書『十五歳の戦争』で、現代日本への警句を発し、話題となりました。最近の十津川警部シリーズの著作では、ほとんどの作品に戦争をテーマに盛り込んで、戦争に関わった世代の責任を果たそうと、執筆活動を続けておられました。数年前までは年に6回(1回の取材旅行で2作分を書くのがお決まり)、鉄道で旅して12作品を出すという執筆生活を長く続けておられました。取材は決して他人任せにせず、自ら現地に足を運んで、新路線の開通や新編成の列車と聞けば、必ず見に行くし、乗りに行く筋金入りの鉄道ファンとして、90歳を超えても毎月のように作品を世に送り出す驚異的な執筆活動を続けてこられましたが、昨年末に体調不良で入院し、治療を続けておられたようです。「十津川警部」の生みの親として知られ、作品の多くがテレビドラマ化されました。まさに「国民的作家」だったと言えましょう。先生は「座右の書は時刻表」という、根っからの鉄道ファンです。

 90歳を過ぎても精力的に執筆活動を続けた西村先生が、作家人生に静かに幕をおろしました。1996年1月に脳血栓で倒れ、左半身にマヒが残ったものの懸命なリハビリの効果で執筆を継続。湯河原に居を移し、晩年は車いす生活ながら元気に暮らしておられました。「疲れたらそのまま寝ることができる」と、布団に腹ばいで寝そべり、原稿用紙に手描きで執筆する独自のスタイルで数々の名作を生み出してきました。執筆はもっぱら夜型で、書くスピードは「400字詰め原稿用紙時速5枚です」と、売れっ子作家らしいスピード感です。関係者によれば、昨年末から体調を崩して入院しておられたようです。

 東京府立電気工業学校(東京都立鮫洲工業高等学校の前身)を卒業後、人事院に就職。11年間勤務した後に退職し、トラック運転手や保険外交員、私立探偵などありとあらゆる職業を経て作家生活に入りました。⇒「西村京太郎先生のアルバイト時代」コチラです。西村京太郎というペンネームは、人事院時代の友人の名字と、「東京出身の長男」という意味を合わせたものです。(⇒お名前の由来についてはコチラに詳しく書きました)

 1961年に『黒の記憶』でデビュー。1965年には『天使の傷痕』「江戸川乱歩賞」を受賞した。社会派推理小説やスパイ小説など幅広い作風で知られましたが、1978年に発表した『寝台特急殺人事件』が大ヒットします。ここから本格的にトラベル・ミステリーを書き始め、1つのジャンルを形成しました。長年売れない時代のご苦労については「西村京太郎先生の苦労」としてコチラに詳しくまとめています。

 練りに練ったトリックやアリバイ工作がファンの熱い支持を集め、「十津川警部と亀井刑事」の名コンビ、「左文字進」といった人気キャラクターを生み出しました。作品の多くがテレビドラマ化され、特に「十津川警部」モノはテレビ朝日、TBS、フジテレビ、テレビ東京と局の垣根を越えて制作され、テレビ朝日とTBSの作品は息の長い人気シリーズとなっています。

 ちなみに十津川警部役は1979年のテレビ朝日「ブルートレイン寝台特急殺人事件」で故・三橋達也さんが演じたのが最初で、これまでに17人の俳優が演じてきました。とりわけ三橋さんの後を継いだ高橋英樹さん(77歳)と、TBS版の故・渡瀬恒彦さん、その後を継いだ内藤剛志さん(66歳)が有名です。

 パソコン、ワープロは一切使わずすべて手書きで、月に平均で400字詰め原稿用紙400枚ほどを執筆。年6度の取材旅行で12社分の小説を書くスタイルを長年続け、オリジナル著作は646冊を数え、累計発行部数は2億部以上。高額納税者番付では、1980年代後半から1990年代半ばまで所得番付の作家部門で赤川次郎氏に次ぐ2位を続け、1998年から納税額が公表された最後の2004年までは7年連続1位。最高年収は7億円を超えました。1981年に『終着駅殺人事件』日本推理作家協会賞、2005年には「日本ミステリー文学大賞」、2019年に「十津川警部」シリーズで吉川英治文庫賞を受賞しました。

 作家の故・山村美紗さんとは家族ぐるみの付き合いです。山村さんがファンレターを送ったことで交流が始まり、1978年に京都市東山区で共同で旅館を買い取り、両宅が鍵つきの渡り廊下で繋がっていました。1996年9月5日に山村さんが心不全のため65歳で急逝すると、未完だった『在原業平殺人事件』『龍野武者行列殺人事件』の脱稿を西村先生が引き受けました。山村さんの長女で女優の山村紅葉さん(61歳)は先生のマネージャー代わりでした(⇒紅葉さんとの関係についてはコチラです)。十津川警部シリーズのほぼ全作品に出演した彼女は、「エッ!こんなに早く亡くなるなんてと!ショックを受けました。無邪気で少年のような感性を持った方でした。先生の原作のサスペンスに数多く出演させていただき、日本国中の沢山の列車に乗せていただきました。『サスペンスの裏女王 山村紅葉』と呼んでいただけるようになったのは西村先生のおかげです。もっとお目にかかってお話伺いたかったのに残念です。天国から沢山の列車が見渡せますように!」と悼みました。

▲西村京太郎先生と奥様

 1996年に脳血栓で倒れたのを機に湯河原町へ転居。それまで独身でしたが、70歳の時に秘書を務めていた10歳年下の女性と結婚し、穏やかに暮らしておられました。⇒奥様とのなれそめについてはコチラに詳しく書きました  同地に膨大な著書や生原稿と鉄道模型を展示した「西村京太郎記念館」が建ち、ファンの足を集めています。私は二度ほどお邪魔しています。その時のレポートはコチラコチラです  趣味は麻雀や将棋。名人戦や電王戦の観戦記を担当したこともあり、将棋棋士が登場する推理小説『十津川警部 千曲川に犯人を追う』も発表しておられます。

▲西村京太郎記念館

 西村さん原作のテレビ朝日系サスペンスドラマ「火曜ミステリー劇場」や、同局系刑事ドラマ「西村京太郎トラベルミステリー」シリーズで2000年から主人公の十津川省三警部役を演じた、俳優の高橋英樹さんは自身のブログを更新し、西村さんの訃報を悼みました。「お住まいの湯河原から、昨年末に、おみかんを送って頂き。まだまだお元気のご様子でした。私にとりましては、十津川警部は分身です。高橋英樹=十津川警部なのです。長い線路を、ずっと一緒に走ってきた大好きな役柄なのです。その生みの親、西村京太郎先生の突然の訃報に大変驚きました。今までの十津川警部、今の十津川警部、これからの十津川警部、みんな先生の子供です。ご冥福をお祈りいたします。」と追悼しました。

 やはりTBSテレビで十津川警部を演じた内藤剛志さん(66歳)は、「十津川警部シリーズを演じさせていただいたことはとても名誉なことです。作品の中でもご一緒させていただいたこと、素晴らしい時間を過ごさせてもらいました」と悼みました。 ★確かに西村先生ご夫妻が、二回ほど番組内にちらっと特別出演をされておられます。

 俳優の船越英一郎さん(61歳)も追悼コメントを寄せました。2019年放送のテレビ東京系「十津川警部の事件簿」で主演を務めるなどしていました。 「十津川警部シリーズをはじめ数多の作品でお世話になりました。サスペンスドラマに『トラベルミステリー』というジャンルを確立された偉業のおかげで、今日の私があるといっても過言ではありません」と感謝。西村さんからかけられたという言葉「君の芝居には刑事である前に人間が見える」を思い出し「私の糧であり宝物です。十津川警部を演じさせて頂くにあたりコロナ禍の為、湯河原のご自宅へご挨拶に伺えなかったことが残念でなりません。感謝を込めて、心よりご冥福をお祈り申し上げます。」と悼みました。

 西村先生原作のテレビ朝日系刑事ドラマ「西村京太郎トラベルミステリー」に西本刑事役で長らく出演していた俳優・森本レオさんは、所属事務所を通じてコメントを発表し、「いつか、一日中将棋を指したいですねと笑っていたのですが残念です。ご冥福をお祈りいたします」と悼みます。

 十津川警部の相棒役である亀井刑事を演じた俳優・伊東四朗さん(84歳)は、「『十津川警部シリーズ』をはじめて読んだとき亀井刑事は西村先生ご本人に思え、その役を演じられたのは光栄でした。TBS「十津川警部シリーズ」では54作を渡瀬恒彦さんとご一緒させていただきました。一番ピッタリのコンビだったと自負しております。ご冥福をお祈りします。」と語りました。

 新潮社から、1月に『土佐くろしお鉄道殺人事件』を刊行されたのが遺作となりました。「西村京太郎さんのご逝去が報じられました。謹んでお悔み申し上げます」と追悼。「新潮社からも数多くの十津川警部シリーズを刊行させていただきました。日本のミステリー界に残された巨大な功績を改めて偲びつつ、ご冥福をお祈りいたします」と記しました。「昨年暮れに入院されるとのファックスをいただき、『土佐くろしおの原稿は書き終えていたのでよかったです』との旨が書かれていました。その原稿も最後まで、原稿用紙に自筆でお書きになっていました」とつづりました。

 テレビ朝日は、1981年から全72作を放送した「西村京太郎トラベルミステリー」シリーズ、2000年から全19作を放送した「鉄道捜査官」シリーズを始め、西村京太郎先生の数多くの原作をドラマ化しました。「トラベルミステリージャンルの第一人者である西村京太郎さんが作り上げられた、十津川警部などの魅力的なキャラクターや、時刻表トリックに代表される緻密でありながら旅情感にあふれたミステリー作品の数々は、紛れもなく、長い歴史を持つテレビ朝日のサスペンスドラマの大きな礎となっております」と崇敬し、「西村京太郎さんのこれまでのご功績に敬意と感謝を表し、心よりご冥福をお祈りいたします」との追悼コメントを発表しました。

 私は今までに二回、西村先生湯河原に訪ねています。気さくにいろいろなお話をしていただき、著書にサインまでしていただきました。懐かしく貴重な思い出です。仕事場のある自宅の三階のバルコニーから、目の前に東海道新幹線が走っており、聞こえてくる車両の通過音が、執筆への活力になっている、とおっしゃっておられました。心よりご冥福をお祈りします。私は純然たる「西村鉄」(⇒コチラです)。あー、もうこれで先生の新作が読めないと思うと、心の中にポッカリと穴があいてしまったような喪失感が……。♠♠♠

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