「あたりまえはあたりまえじゃない」

 私は今から16年前に、心臓の手術を経験しました。健康診断で見つかった心電図の異常から、心筋梗塞で手術台に上がったんです。生まれて初めての入院生活でした。それをきっかけに次々と病気が発覚して、今では7軒の病院通い、10種類の薬を毎日服用しています。それ以来というもの、朝目が覚めると、「今日も目覚めることが出来ました。ありがとうございます。」と神様にお礼を言います。そして1日が無事に終わり、深夜ベッドの中でうとうと眠りに落ちる前には、「今日も1日無事に過ごすことができました。ありがとうございました。」と感謝を捧げています。岡山「最上稲荷奥之院」のお上人様にはお願いをして、毎日ご祈念をしていただいています。この「奥之院」との思い出をチョット触れておきますね。

▲最上稲荷奥之院本堂

 私の母親は、今から24年前に亡くなりました。胃ガンでした。13年間勤めた松江南高校から新しく転勤したばかりの大田高校の入学式の日に、教員住宅の前の道路に倒れていた母親を、同僚の奥さんが見つけてくださって病院へ運んでくださいました。学校に連絡があって飛んでいくと、医者から「あと1ヶ月の命です」と宣告されました。打ちのめされました。胃ガンが進行して末期になっていたのでした。病院食が冷めていて美味しくないと言うので、朝4時に起きてご飯を作り、5時過ぎの暗い病院に毎日運び続けました(看護師さんに見つかるといい顔をされないので、人気のないこの時間を狙って)。車の免許を持たない私は、病院へ行く途中にものすごく急な坂があるので、そのために電動自転車を購入しました。これが電動自転車との出会いでした。入院中は痛み止めのモルヒネを打つたびに、意識が朦朧として、窓から飛び出ようとしたり、息子の顔がわからずに「あなた誰?」と言われたときには涙が出たものです。母の言うことは何でも聞いてあげました。少し気分がいいというので家に連れて帰って、料亭の食事を一緒にしたのもいい思い出です。入院してから3か月持ちこたえ、静かになくなりました。最後の言葉は「ありがとう…」でした。葬儀をすませ、身辺整理を終え、お世話になった岡山・最上稲荷奥之院のお上人様にお礼に伺ったところ(母は信仰心のあつい人で、毎年ここにお参りして修業するのを楽しみにしていました)、生前の母の思い出話をたくさんしていただきました。ご案内していただいた本堂には、私の名前で母が奉納した座布団うちわ太鼓がいっぱいあり、生前何も聞かされていなかった私は驚いたものです。息子に内緒で、息子の健康・繁栄を祈ってくれていたのでした。親のありがたみをこれほど感じたことはありませんでした。苦労して育ててくれた母に親不孝ばかりしていた私のことを、これほど心配してくれていたことに感謝の言葉もありませんでした。今なら何でもしてあげることができるのに、母はもういません。生徒たちに、親が元気なうちに親孝行するように、いつも言っているのはこんな訳からなんです。命日が近づくにつれて、母のことを思い出します。親の存在も「あたりまえ」と思いがちですが、本当に有り難い存在であったことは、なくなってみて初めて分かることでした。


 さて常日頃、私たちは心臓が動いてくれていることを、あたりまえだと思っています。そのことにありがたいと思うことなどなく、感謝の思いを向けることもないのが私たちです。心臓は1分間に約65回脈打ってくれます。1時間で3,900回です。1日で93,600回です。1年では34,164,000回となります。途方もない回数休むことなく心臓が働き続けてくれることで、私たちの毎日の生活は支えられているのです。なにげなく1年と言いますが、1年を「秒・分・時間・日」の単位で見つめてみるとどうでしょう?1年は365日、8,760時間です。これは525,600分31,536,000秒にあたります。この数字に触れると、1年が何と愛おしく有り難いものであるかが実感できると思います。

 あらゆるものに支えられながら、支えられている、生かされている、願われている、のが私たちの生命です。いつ終わっても不思議ではない中で、今こうして恵まれている命の驚きを、あたりまえではなく「おかげさま」と感謝しながら精一杯生きたい思っています。私は病気をすることで、そのことに気づかされました。若い頃は病気一つしたことのない健康体で、ありがたいと思うこともなく、感謝の思いを向けることもありませんでした。あたりまえだと思っていました。

 四年前に左膝を痛め、歩くこともままならなくなりました。授業中に激痛が走って動くことさえできなくもなりました。整形外科の伊達先生に治療をしてもらいながら、何とか歩くことができるようになりました。水を抜いてもらったり、痛み止めを注射(激痛です)してもらったりしながら、何とか歩いています。北高の英語研究室から補習科までの果てから果てへの教室移動、米子駅での「4番ホーム」(昨年までは「1番ホーム」に着いていたのが、3月の時刻表改編で変更になった)から「0番ホーム」への乗り換えは辛いです。すいすい歩けることもあたりまえではないのです。それでも何とか歩けることに感謝を捧げながら、学校での生活を送っています。「あたりまえはあたりまえじゃない」のです。肝に銘じておきたいですね。昔、ウェイン・ダイアー博士の著書で読んだ小さな魚の例え話ははっきりと覚えています。♥♥♥

 「お願いがあるのです。あなたはぼくより年上だし、経験も豊かだから、き
っとぼくを助けてくれると思うのです。大洋というものがどこにあるのか教え
て下さい。あちこち全部探したのだけれど、見つからないのです」と大洋に住
む魚が、別の魚に聞いた。別の魚は、
 「大洋って、今君が泳いでいるのがそれさ」と答えた。
 「えっ、これがですか。でも、これはただの水ですよ。ぼくがずっと探して
いるのは『大洋』というものなのです」と小さな魚はひどくがっかりして言っ
た。
  ―ウェイン・ダイアー『「最高の人生」を手に入れる人がやっていること』
(三笠書房)
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